中国のポータルサイト・百度に9日、「日本の三洋電機はなぜ死んだのか」とする記事が掲載された。
 
 記事は、1947年に松下電器産業から派生して創業した三洋は52年に日本初のプラスチック製ラジオを発売して大ヒット、その後日本の高度経済成長の波に乗りテレビ、洗濯機、冷蔵庫、エアコンをはじめとするありとあらゆる家電製品を販売するまでに成長し、さらにはデジタルカメラや電池のOEMメーカーとしても一時期栄華を誇ったと伝えた。
 
 その上で「しかし、あるアクションにより三洋は下り坂を転がり始める」とし、コストダウンのために洗濯機や冷蔵庫の一部生産を中国のハイアールに委託するようになったことに言及。日本国内では中国製品が低品質の代名詞と捉えられていたため、「SANYO」ブランドの日本国内における地位が低下したほか、価格競争の泥沼に嵌ってしまい技術開発が後回しになってしまったと解説した。
 
 また、家電部門で勢いを失った三洋は半導体産業に力を入れたものの、日本のITバブル崩壊に加えて2004年の中越地震によって半導体工場が大きな被害を受け、500億円の損失を出す事態となり、深刻な財務危機に陥ったと紹介。さらに08年の金融危機の影響も受け、11年にはパナソニックに吸収されて「SANYO」ブランドは事実上姿を消すことになり、「松下から出てきた三洋が、最終的に松下に戻ることになった」と伝えている。
 
 記事は、三洋の衰退について「大企業病に陥った」とし、核となる製品を打ち出せず、価格競争への対応に疲弊する中で市場における自身の居場所を見失い、最終的に衰退の道を避けることができなかったと評した。また「三洋は結局、時代に捨てられたのだ。しかし、最後まで自身が失敗した原因を『あの地震』とし、失敗の本質を認識できなかったことこそ、三洋が消えることになった最大の要因なのかもしれない」と結んだ。(編集担当:今関忠馬)(イメージ写真提供:123RF)