中国のポータルサイト・網易に18日、「日本はどうして中国のことを『支那』と呼ばなくなったのか」とする記事が掲載された。
 
 記事は、かつて日本が中国を「支那」と呼んでいたことを、現在の中国人の多くは「抗日神ドラマ」などを通じて知っていると紹介。この「支那」という呼び方は古来からのものではなく近代に生まれたものであるとし、それ以前の日本では清朝の中国を「清国」と呼んでおり、中華民国の時代に入って日本人が「支那」という呼称を用いるようになったと伝えた。
 
 また、中国において中国に対する侮辱的な表現と捉えられている「支那」という言葉はもともと、中国の国際的な呼び名である「China」に合わせるべく考案されたものであり、侮辱的な意味合いを帯びていなかったと指摘。しかし、日中戦争で日本軍が頻繁に用いたことにより、ネガティブな色彩を持つようになったと説明している。

 そして、1945年に日中戦争が終結し、中国が大きな代価を支払いながらも連合国軍の一員として勝利を収めると、「支那」という呼称は用いられなくなったと紹介。一部の日本メディアがなおも「支那」という表現を用いたものの、戦勝国である中国が使用停止を求め、米国も介入したことで、その後の書面からは消えていき「中国」という呼称のみが用いられるようになったと伝えた。
 
 一方で、戦後の中国は貧しい状態が続いたため、一部の日本人は口頭で「支那」という言葉を使い続けたと主張。その背景には「日本は米国に負けたが、中国に負けたわけではない」という認識があったとした。ただ、時代の流れとともに口頭でも「支那」という呼称を用いる人はほとんどいなくなり、辞書にその姿を留める程度になったとしている。
 
 記事はその上で、中国が「支那」と呼ばれ続けた大きな理由は「国が弱かったこと」であるとの考えを示し、呼称が「支那」から「中国」へと変わったのは単なる言葉の変化ではなく、「強いものが大きな権力を握る世界」において中国が立ち上がり、国際的な地位やイメージが根本から変わり始めたことの表れなのだと伝えた。(編集担当:今関忠馬)(イメージ写真提供:123RF)