中国のポータルサイト・百度に4日、1931年の満州事変から14年もの間続いた日中間の戦争について、日本が中国に一度も宣戦布告をしなかったとしてその理由について解説する記事が掲載された。
 
 記事は「日中双方は14年もの長きに渡り交戦したにもかかわらず、日本は終始中国に宣戦しなかった。たとえ41年の太平洋戦争勃発後に蒋介石率いる国民政府が対日宣戦を行っても、日本は動かなかった」と紹介。そこには、中立国からの戦略物資提供を継続させるため以外にもいくつかの理由があったとした。
 
 そして、日本が対中宣戦しなかった理由の一つとして、日本は中国進攻を戦争行為とは認めず、あくまで「懲罰行為」と主張していたからだとし、37年の盧溝橋事件後の同8月に日本政府が「支那軍隊の暴戻を懲罰し、南京政権を覚醒せしむる為、断然たる措置を取らざるを得ない」との声明を発表したことを紹介。日本政府は同事件における中国軍民の抵抗を「悪民による暴動」と位置づけ、自らを事態鎮圧の善意を持つ者に仕立て上げていたのだと説明している。
 
 また、38年には当時の近衛文麿首相が「国民政府を対手とせず」と発言して蒋介石率いる国民政府との交渉の道を閉ざすと、日本は親日政権の樹立を画策、40年3月末に南京で成立した親日的な汪兆銘政権を「中華民国の合法政権」とし、重慶の国民政府を一地方政権とみなしたと紹介。このため、太平洋戦争開戦後に蒋介石が対日宣戦した一方で、国民政府を一国の政府と認めていなかった日本政府はこれに「応戦」しなかったのだと伝えた。
 
 記事は、日中両国が矛を交えた14年間で一方が正式に宣戦布告を行わずじまいだったというのは世界の軍事史上においても奇妙な現象だったとした上で「結局、日本人は中国人民の屈強な抵抗の中に飲み込まれていくことになるのだ」と結んだ。(編集担当:今関忠馬) (イメージ写真提供:123RF)