中国のポータルサイト・網易に1日、鴨緑江を挟んで北朝鮮と向かい合う国境の街・遼寧省丹東市にある有名な公園が、かつて現地に建てられていた神社の鳥居を現在もなお「有効活用」しているとする記事が掲載された。
 
 記事は、1945年の終戦により、それまで日本人によって中国大陸に建立されてきた神社の大部分は破壊された一方で、その一部は現在まで残されていると紹介。丹東市の錦江山公園にあった「安東神社」もその一つであり、その構造物の保存方法が「非常に創意あふれるものだ」と伝えた。
 
 そして、「東北八景」と称される錦山公園がかつては鎮江山公園という名前であったと説明。日露戦争後に日本人が戦士した日本兵の遺体を埋葬するための墓地が作られ、その後、中国東北部では最大規模の神社となる安東神社が建てられ、さらに1912年には南満州鉄道が日本人の憩いの場所を作るべく資金を投じ、鎮江山公園が完成したとしている。
 
 また、当時の日本人はこの公園と非常に大切にし、池や橋、街灯などの設備を作るとともに、日本から桜や柳、ツツジなど多くの植物を持ち込んで植えたほか、相撲場や書院なども設けたと紹介。その設備の充実ぶりと景色の美しさは中国東北部屈指と言われ、有名な桜の鑑賞スポットになったと伝えた。
 
 その上で、日本が戦争に敗れると公園にあった安東神社の建物は撤去された一方で、参道や石段などは当時のまま残されているとした。さらに、参道の入り口にあった鳥居は装飾が施され、中国の伝統建築でよく見られる「牌坊」へと姿を変えて現存しているほか、参道の途中にあった鳥居も横梁は取り除かれているものの、2本の支柱がそのまま残されていると紹介した。
 
 このほか、参道を進みかつて神社の拝殿があった場所には石のテーブルと椅子が設置されており、お年寄りの憩いの場として親しまれていると伝えた。(編集担当:今関忠馬)(イメージ写真提供:123RF)