中国のポータルサイト・百度に14日、「日清戦争後、なぜ日本は中国人に日本の軍学校への留学を許したのか」とする記事が掲載された。

 記事は、1894年に勃発した日清戦争で清国が日本に惨敗を喫し、大量の賠償金支払いと領土割譲認める下関条約の締結を迫られたと紹介。この戦争により日中両国に怨恨が生じたと伝えた。

 その一方で、日清戦争終了後に清国内で日本留学ブームが巻き起こったと指摘。1896年から清が滅びる1911年までの間に日本に派遣された中国の留学生は1万人あまりにのぼり、近代化に成功した日本の先進的な技術を学ぶとともに、一部の留学生は日本の軍学校に入って学びさえしたとしている。

 その上で、ライバルに軍事教育を行えば将来の脅威を生むことになるにも関わらず、日本が中国人学生の軍学校入学を阻止しないどころか大々的に奨励した背景には「多くの留学生を輩出することで、清国内の親日派を増やす」という腹積もりがあったと分析。また、日本の軍備や軍事関連人材に対する依存性を形成することで、清から多くの利益を得ようとする狙いもあったと解説した。

 記事は、日本の目論見によって確かに多くの親日勢力を育てることに成功し、日中戦争時に「売国奴」のレッテルを張られた人物の多くも日本留学の経験があったとしつつ、「しかし、日本に留学した学生の大部分は祖国を強くしたいと考えた熱血青年たちであり、帰国後には祖国のために知識を用い、抗日戦争においても大きな貢献を果たしたのである」と伝え、結果的に「日本留学ブーム」が中国の国力強化につながったとの見方を示している。(編集担当:今関忠馬)(イメージ写真提供:123RF)