日本はかつて遣唐使や遣隋使を通して古代中国から多くを学んできたが、なかには中国で評価されなかったのに、日本では高く評価されたものもあるようだ。中国メディアの百家号は1月30日、「中国が捨てた宝物を拾って、日本はアジア一の国になった」とする記事を掲載した。

 「中国が捨てた宝物」とは、中国の明末期に書かれた「天工開物(てんこうかいぶつ)」だという。中国の産業技術史を展望するための書籍として高く評価されており、出版当時正しく評価されていれば、中国の発展に大きく貢献した可能性があるというが、残念ながら評価されることはなかった。記事は、西洋では同じ時期に「方法序説」という似た内容の本が出版され、西洋の発展に大きく貢献したのに、と残念そうだ。

 天工開物が中国でほとんど広まらなかったのは、「明から清に王朝が変わったため」だ。記事は、清王朝は政治の障害となる書物を徹底して禁書にしたため、天工開物も四庫全書(しこぜんしょ)には収められず、ほとんど日の目を見なかったと伝えた。

 ところが、天工開物は日本に渡り、日本で高く評価されることになった。記事は、日本人の間では競って読まれ、後の民国時代に日本留学していた中国人に発見されて「逆輸入」されるまで、中国ではほとんど知られていなかったと伝えた。明治維新に大きな影響を与えた「海国図志」も同様の軌跡をたどっており、中国はこれまで多くの貴重なものを「捨てて」、日本がそれを「拾って発展に役立ててきた」ことが分かると論じた。

 清は天工開物のみならず、およそ3000の貴重な図書を、王朝にとって都合が悪いという理由で四庫全書に含めず、収録した内容にも改ざん・削除の跡が確認されるという。清に限らず、中国では王朝が変わるたびに禁書が行われてきたことを考えると、中国の悠久の歴史のなかで「貴重な宝物は繰り返し捨てられてきた」と言えるだろう。(編集担当:村山健二)(イメージ写真提供:123RF)