太平洋戦争の初期において、零式艦上戦闘機(ゼロ戦)はその優れた能力で「世界一優秀な戦闘機」とまで評された。ゼロ戦は旧日本軍のなかでも代表的な戦闘機だが、当時の日本はほかにも多くの優秀な戦闘機を製造している。

 中国メディアの百家号は、そのうちの1つである「紫電」について紹介する記事を掲載した。「紫電」という名称は中国由来だと伝えている。

 「紫電」は優れた性能を持っていた水上戦闘機「強風」を陸上戦闘機化したものだ。記事は、「紫電」には自動空戦フラップが装備されていたので、慣れていないパイロットでも扱いやすかったと紹介。太平洋戦争後期に実戦投入され、当時の米軍のなかでも最強の部類だった戦闘機F6Fを圧倒する能力だったと伝えた。

 記事が注目したのは、「紫電」という名称だ。三国志時代の呉の孫権が持っていたとされる6振りの宝剣の1つが「紫電」であり、ここから命名されたと紹介。孫権は机を斬りつけて大国・魏に勝利するとの決意を示したことから、当時の日本は「紫電」と命名することでこの戦闘機に希望を託したのだろうと分析した。また、精鋭が集まる第三四三海軍航空隊、通称「剣部隊(つるぎぶたい)」に配備されたことからもぴったりなネーミングだったとしている。

 そのうえで、当時の日本は第一次大戦後に戦闘機の開発を始めたが、当初は模倣から始まったと紹介。その後、オリジナルを超える「ゼロ戦」を作り上げ、さらに「紫電」や「紫電改」を含む多くの異なるタイプの優秀な戦闘機を開発したと伝えた。そして、この過程は中国もよく学ぶべきであり、同時に日本人の学習能力の高さには警戒すべきだと記事を結んでいる。(編集担当:村山健二)(イメージ写真提供:123RF)