中国のポータルサイト・百度に23日、「歴史上、日本と中国が何回交戦し、それぞれどのような結果になったか」について紹介する記事が掲載された。

 記事は、日本と中国との間では歴史上5回の戦争が起きたとした上で、それぞれの経緯や結果について紹介している。まず最初の戦争として、663年に日本が朝鮮半島の百済とともに唐に反抗した白村江の戦いを挙げた。日本と百済の連合軍の兵力4万2000人に対して唐は1万3000人と少なく、艦船の数も唐が圧倒的に少なかったものの、先進的な装備を持つ唐の前に日本と百済の連合軍は敗走し、以後日本は唐に頭を下げ、遣唐使を派遣して唐の文化を学ぶようになったと伝えた。

 2回目の戦争は明の時代に中国南東部の沿岸に出没した日本の海賊、すなわち倭寇との戦いだったと紹介。そして3回目は16世紀末の豊臣秀吉による2度の朝鮮出兵における戦いであるとし、中国大陸侵攻を目指して20万の兵力を朝鮮半島に投じ、一時は朝鮮の首都・漢城も征服した日本軍に対し、明が援軍を出したことで戦いが膠着、最終的には豊臣秀吉の死により日本軍が撤退して終結したと説明し、以後日本と中国の関係は300年余り安定することになったとしている。

 4回目は清朝末期の1894年に勃発した日清戦争で、政治が腐敗していた清国の軍事力では明治維新により近代化を実現した日本軍の相手にはならず、清国が大規模な損害を出したうえで敗北し、「近代史上もっとも屈辱的」な下関条約を締結するに至ったと紹介した。

 そして、5回目は1931年の満州事変から45年の第2次世界大戦終戦まで続いた14年に及ぶ日中戦争を挙げた。この戦争において中国は非常に大きな代償を支払いながらも最終的には勝利を手にすることに成功したと伝えている。

 記事は最後に、これまで5回行われてきた日中両国の戦争について「いずれも日本が仕掛けてきたものだが、日清戦争を除く4つの戦いではいずれも仕掛けた側である日本の失敗に終わっているのだ」と評するとともに、「今後もわれわれは日本を見くびってはならない。なにしろ彼らにはこれだけの『前科』があるのだから」と結んだ。(編集担当:今関忠馬)(イメージ写真提供:123RF)