1972年9月、日本・中国両政府は「日中共同声明」を発出することに合意したが、この声明の第5項には「中華人民共和国政府は、中日両国国民の友好のために、日本国に対する戦争賠償の請求を放棄することを宣言する」と記されている。

 なぜ、中国政府は戦争賠償を放棄したのだろうか。中国メディアの百家号はこのほど、「なぜ中国政府は日本の戦争賠償を放棄したのか」と題する記事を掲載した。

 記事は、実際のところ1945年当時の中国政府は日本に戦争賠償を要求するための具体的な方案の作成を終えていたと紹介。また当時の中国は米国との関係も良好だったため、米国もこの方案を支持していたと説明した。

 しかし、1946年に中国共産党と中国国民党との間で内戦が始まり、1949年に中国国民党が敗れて台湾に逃れたが、中国国民党による台湾政府が1952年に「日本の戦争賠償を放棄することを日本政府と合意した」と紹介。中国共産党が代表する中国政府はこの台湾と日本との合意に真っ向から反対する声明を発表したが、しかしこれは「紛れもなく日本から戦争賠償を得る機会を中国から奪う」出来事だったと指摘した。

 さらに朝鮮戦争の勃発と共に米国と日本の関係が親密な関係へと変化、米国の支持のもと日本は敗戦国の身分から脱け出し独立した主権国家となることに成功し、結果として「中国と日本の間の戦争賠償の問題はその性質が根本から変化した」と指摘。つまり日本の戦争賠償の問題は「すでに国際問題ではなく、日中両国間のみの問題」へと変化したとし、こうした情勢のもと中国は1972年の日中共同声明で戦争賠償を放棄することになったのだと論じた。

 一方で記事は、中国は確かに戦争賠償は放棄したが、日本からODAなどを通じた莫大な援助を獲得したとし、その意味では戦争賠償を放棄したことには意味があったと主張した。(編集担当:村山健二)(イメージ写真提供:123RF)