中世の大航海時代から始まった西洋による植民地政策。19世紀後半から20世紀前半にかけては、いわゆる列強によりアフリカやアジアの多くの国が植民地となった。中国も多くの土地を列強に分割されたが、日本が植民地化されることはなかった。これはなぜなのだろうか。中国メディアの百家号は29日、この理由について分析する記事を掲載した。

 その1つの理由は、「アヘン戦争から教訓を得たこと」だ。英国が清国を打ち破ったことを知った日本は、西洋の船が遅かれ早かれ日本にもやって来ることを察知し、危機意識を持ったとしている。そして、実際に米国のペリーが日本に来て開港することになり、その後は他の国とも貿易が始まったが、これにより大量の金が海外へ流出することになったという。

 記事は、このため日本国内の物価が高騰し、怒りが幕府に向けられ、これが倒幕へとつながったと分析。明治維新後は、「狂ったように西洋から学ぶ」ようになり、あっという間に列強の仲間入りを果たしたと説明した。

 また、別の理由として、「日本は国が小さく、資源が少なく、市場が小さい」ことが関係していると分析。「これが主な理由」だと主張している。アフリカや中国、インド、東南アジアと比べると、西洋の列強から見れば日本は植民地にする価値があまりなかったということのようだ。このほか、「日本人自身の努力」も過小評価できず、高い学習能力を発揮して西洋から学んだことも大きく作用したとしている。

 記事が指摘した理由のほかにも、日本が植民地とならなかったことには様々な要因が関係していると思われるが、世界的に見ても植民地化を逃れることのできた国はそれほど多くはなく、この点で日本は特異な国だと言えるだろう。(編集担当:村山健二)(イメージ写真提供:123RF)