中国のポータルサイト・百度に23日、かつて日本に存在し、時代の流れとともに消えていった伝説的なウイスキー工場について紹介する記事が掲載された。

 記事は、日本では1960~80年代に国産ウイスキー需要が急速に伸びたと紹介。当時のウイスキー生産者たちは利益を上げることよりもウイスキーづくりに対する情熱を製品にぶつけていたとする一方で、情熱が先行したことが却って仇となりブームの終焉とともに続々と閉鎖を余儀なくされていったとした。そして、すでに姿を消して久しい蒸留所で熟成されたウイスキーが現在では芸術品のごとく扱われ、世界的な人気を博しているのだと説明し、珠玉の名品を生み出した今は亡き蒸留所をいくつか取り上げた。

 最初に紹介したのは、長野県の軽井沢蒸留所だ。1950年代に生産がはじまり、2000年に生産停止。16年には建物が解体されるに至る一方、蒸留所で生産されたウイスキー「軽井沢」は今や世界で非常に高く評価されていると紹介。13年には1960年物の「軽井沢」が1本200万円で販売されたほか、15年には同じく1960年物の「軽井沢」が香港で91万8750香港ドルという超高値を付け、当時の日本製ウイスキー1本のオークション最高価格を記録したと伝えている。

 次に挙げたのは、埼玉県の羽生蒸留所。戦後まもない時期から生産が始まり、2000年に生産がストップした同蒸留所は、04年に設備が完全撤去された際に樽400本に入っていた原酒も捨てられる危機に瀕したと紹介。この原酒を守るべく肥土伊知郎氏が奔走して資金をかき集め、買い取ったのちに会社を設立、「イチローズモルト」として販売しており、しばしば世界のオークション市場にて高値で取り引きされていることを伝えた。

 さらに、ワイン企業が本格的なウイスキー生産を試み1952年に建設したものの、わずか4年足らずの試験製造で軽井沢への移転が決まり、歴史に幕を下ろした長野県の塩尻蒸留所、戦後まもなく作られ2003年に閉鎖された福島県の白河蒸留所、1935年に操業開始し2000年代に閉鎖された神奈川県の川崎蒸留所などを紹介している。

 記事は、これらの今は亡き蒸留所が20世紀後半における日本産ウイスキーの隆盛と衰退を物語っていると紹介。「現在これらの蒸留所の痕跡を感じることのできる物は、残り少なくなったグラスの中のウイスキーだけだ。これを味わえる愛好家は幸せというものだろう」と伝えた。(編集担当:今関忠馬)(イメージ写真提供:123RF)