日本は石油や天然ガスなどの資源に乏しい国だ。日本は戦時中、海外に油田を求め、日本統治時代の旧満州でも油田を探したが見つけることはできなかったと言われる。しかし、後に「大慶油田」として知られる油田が旧満州の地域で発見されたが、なぜ日本はこの油田を見つけることができなかったのだろうか。中国メディアの今日頭条はこのほど、その理由について分析する記事を掲載した。

 大慶油田は、戦後10年以上経った1959年に、中国東北部黒龍江省で発見された。油田が中国建国10周年の節目で発見されたため「大いによろこ(慶)ぶ」という意味で「大慶油田」と命名されたそうだ。今は中国屈指の大油田となっている。

 日本は戦時中、油田を探して調査していたのに、なぜ大慶油田を見つけることができなかったのだろう。記事は、「天命」さらには「運命」だと主張。当時の日本の地下資源探査技術は遅れており、設備も簡易なものだったため、油田発見は叶わなかったとしている。当時最新の技術は米国が掌握していたのだが、「米国が日本に設備を売ってくれるはずもなかった」とし、日本には油田を発見できるだけの技術がなかったと主張した。

 とはいえ、日本はかなり近くまで採掘していたようだ。記事は、「あと300メートルのところだった」という説を紹介。中国にとっては危ないところだったが、そこは「天命」だったと言いたいようだ。中国では、肝心なところではなにかと「運命」を引き合いに出す傾向があるようだ。

 歴史に「もしも」はないが、もし日本がこの油田を発見していたら、歴史はかなり違ったものになっていた可能性もある。とはいえ、資源が乏しいからこそ、今の日本は省エネ技術が発達し、新エネルギー産業も発展したと言える。今後はより地球にやさしいエネルギーの開発が進んでいくことだろう。(編集担当:村山健二)(イメージ写真提供:123RF)