江戸時代の武士の髪型といえば、月代(さかやき)を剃りあげ、残る髪を結い上げる「丁髷(ちょんまげ)」が一般的だったようだ。一方、中国が清の国だった頃の男性の髪型といえば「辮髪」であったように、髪型は国や時代を反映する象徴的な事物の1つと言えるだろう。

 中国メディアの網易はこのほど、日本の武士の髪型は「まるで地中海のようだ」と主張し、中国人の目に映る丁髷について論じる記事を掲載した。

 記事は、武士の丁髷について「地中海ヘアー」とも呼ぶべき、風変わりな髪型であると主張している。剃りあげた月代の部分が地中海の海にあたり、結い上げた髪の「まげ」の部分がイタリア半島に見立てれば、「まるで地中海のよう」に見えるということのようだ。

 続けて、月代を剃りあげた形の丁髷は「戦国時代ごろから武士の間に広まり始めた」ことを紹介し、その理由は「髪を剃り上げることで戦の最中に髪の毛が邪魔にならないようにした」ほか、「兜の中が蒸れるのを防ぐためでもあった」と紹介、武士の「地中海ヘアー」は実戦に重きを置いた髪型だったのだと驚きを示した。

 記事は、日本の武士の髪型は外国人から見ると「奇妙」に映ることを指摘しつつ、明治4年に「散髪脱刀令」が下されると、この奇妙な髪型は徐々に減っていき、最終的には歴史の1ページになってしまったのだと紹介した。

 清の時代の中国人男性の髪型として有名な辮髪はもともと満州族の髪型だったが、漢民族も強制されて辮髪にしていた歴史がある。清王朝が滅びると辮髪も廃れたという点からも、やはり髪型は国や時代を明確に反映していると言えるだろう。(編集担当:村山健二)(イメージ写真提供:123RF)