日本の「清潔さ」は中国で高く評価されており、特に不特定多数の人が利用する施設などの「公共の場所」でも清潔さが保たれているのは驚異的だという声は多い。確かに中国では公共の場所を汚すことに後ろめたさなどを一切感じない人が多いようで、たばこの吸殻やごみのポイ捨て、さらには痰を吐き捨てるような行為は珍しいことではない。

 中国メディアの捜狐はこのほど、中国人も「自宅」を掃除して清潔に保つことはあっても、日本人のように「自分のスペースではない場所」まで清潔に保とうとはしないと指摘し、日本人はなぜ自分の占有スペースでない場所まで清潔にしたがるのかと疑問を投げかける記事を掲載した。

 記事は、日本を訪れたことのある中国人ならば「日本はあらゆる場所が清潔」であることを知っているはずだと指摘し、ごみが落ちておらず、違法駐車もない日本の道路は中国以上に広く感じられ、快適に見えると強調。中国の道路であれば珍しくないペットボトルなどのごみも日本では落ちておらず、汚水が溜まっているような光景も目にしないと指摘した。

 また、中国の生鮮市場は野菜だけでなく、肉類や水産物なども売られるなど、毎日多くの消費者が訪れる場所となっていが、お世辞にも清潔な場所とは言い難いのが現状だが、記事は「日本は生鮮市場でも極めて清潔で、不快な臭いなどは一切ない」と強調。つまり、日本の清潔さとは単にごみが落ちていないことを意味するのではなく、「視覚や嗅覚などの五感すべてにおいて清潔に感じられる」ということだと論じた。

 続けて記事は、「日本はなぜここまで清潔なのか」と疑問を投げかけつつ、それは「完璧さを求める日本人の国民性によるもの」ではないかと考察。環境保護を目指そうとした結果があらゆる場所の清潔さなのであり、生活の質を向上させようとした結果が平均寿命の世界一につながったのだと主張し、日本の清潔さの背後には「日本人の完璧さを求める国民性があったのだ」と主張した。(編集担当:村山健二)(イメージ写真提供:123RF)