隣国の中国には、日本にまつわる場所が少なくない。すぐに思い浮かぶのは南京大虐殺記念館(侵華日軍南京大屠殺遭難同胞紀念館)のような日中戦争にまつわる施設だが、なかには、日本人が設計した都市というのもあるそうだ。中国メディアの百家号は3日、この「日本人が設計した中国の都市」を紹介する記事を掲載した。

 その都市とは、外国人の多い国際色豊かな上海や香港ではなく、「あまり目立たない都市、長春市」だ。吉林省の省都で、自動車産業で有名な2級都市として知られ、750万人の人口を擁するが中国のなかではさほど大きな都市ではない。では、その長春市は日本とどんな関係があるのだろうか。

 記事は長春市について、中華人民共和国成立前は新京(しんきょう)とよばれ、日本が作った満州の首都だったと紹介。そのため、当時日本人が設計した都市計画や建築物が今も残され、使われていると伝えている。記事の中国人筆者は、日本人の設計がいかに優れていたかを紹介している。

 日本人は、満州国の首都としてこの都市の建設に相当な力を注ぎ、放射線状に設計した都市にアジア一の幅広い道路を作り、主な街角すべてに公園を作り、緑豊かで近代的な都市に作り上げて「東洋のハリウッド」と評されるほどになったと称賛。有名な工業の産地としても知られるようになった長春市は、何もなかった場所から一転、一時はアジア一の豊かな都市になったと伝えている。一時は「東京よりも進んでいた」そうだ。

 終戦後は中国に返還され、再び「長春」と呼ばれるようになったものの、今でも当時に建てられた銀行や郵便局、政府機関やホテルなどが残されている。放射線状に伸びた都市設計も当時のままとなっている。(編集担当:村山健二)(イメージ写真提供:123RF)