日本が江戸時代に200年以上にわたって鎖国を行ったように、中国も明や清の時代に「海禁」と呼ばれる鎖国政策を行った。しかし、鎖国が解かれた後に辿った運命は日本と中国で大きく異なるのはなぜだろうか。

 中国メディアの百家号は14日、日本と同じように鎖国を行った明や清が滅亡という道を辿ったのに対し、200年以上にわたって世界と隔絶されていた日本が鎖国解除後に「列強に成り上がったのはなぜか」と問いかける記事を掲載した。

 記事はまず、西暦1368年から1644年まで中国を支配した明王朝や、その後に中国を支配した清王朝では「民間における貿易や海外への渡航」を禁止する「海禁」が行われたと紹介。外国との接触を完全に断ち切るような鎖国ではなかったがゆえに密貿易が横行したと紹介し、倭寇の拡大を招いたと論じた。

 一方、日本が行った鎖国は厳しいもので、1633年からは徳川幕府の将軍が発行した朱印状の他に老中の奉書を持つ船以外の渡航が禁じられ、1635年になると海外にいた日本人は帰国できなくなったと紹介。また明王朝の船も長崎の出島にしか入港できなくなったと伝え、このような厳しい鎖国は1853年にペリーが来航し、開国を迫るまで続いたのだと論じた。

 記事は、明王朝や清王朝が滅亡に追い込まれたのに対し、明や清に比べ、より長く、より厳しい鎖国を行っていた日本は「滅亡するどころか、急速に体制を変更し、工業化が始まっていた西洋列強に追いつき、自らが列強となった」ことを強調。そして、日本人には「特別にすごい能力がある」とし、それは「学習して取り入れること」だと指摘。長期間にわたって鎖国を行い、外国の文化や文明を「拒絶」していたにもかかわらず、開国した途端に態度を一変させ、学習して取り入れるという柔軟さと学習能力の高さが日本人の特に優れた能力であると論じた。(編集担当:村山健二)(イメージ写真提供:123RF)