台湾メディアの中時電子報は12日、台湾における「鉄道の父」は誰かという点をめぐって、台湾で議論が生じていることを伝えた。

 台湾は1895年から1945年まで日本の統治下にあったが、記事は「台湾の教科書では台湾初の鉄道を建設した劉銘伝が台湾における鉄道の父」とされていることを紹介する一方、このほどオープンした台湾博物館鉄道部園区では日本統治中に台湾総督府鉄道部長を務めた長谷川謹介氏を台湾における「鉄道の父」としていたと伝えた。

 続けて、長谷川謹介氏は1899年に台湾総督府民政長官だった後藤新平氏によって、台湾鉄道敷設部技師長に任命され、1906年に台湾総督府鉄道部長になった人物だと紹介した。

 一方、劉銘伝氏は1885年から1891年にかけて、台湾の最高地方統治官として台湾巡撫を務めた人物であり、同時に台湾初の鉄道を建設した人物だと紹介。そして台湾初の鉄道は1887年から建設が始まったと紹介しつつ、日清戦争が始まったのが1894年、そして下関条約によって台湾が日本に割譲されたのは1895年のことであるがゆえ、長谷川謹介氏が「台湾における鉄道の父」とされるのはおかしいと批判した。

 また、台湾博物館鉄道部園区で長谷川謹介氏が「台湾における鉄道の父」と紹介されていることに対し、台湾ネット上でも激しい議論が起きていて、「日本に媚びすぎだ」といった声も見られるようだ。(編集担当:村山健二)(イメージ写真提供:123RF)