日本社会と中国社会には様々な違いが存在するが、中国人から見ると「公共の場における配慮」という点で日中には大きな差があるのだという。中国メディアの百家号はこのほど、「公共の場」の例として電車や地下鉄の「駅」を取り上げ、「日本の駅で見られる配慮を目にするたびに、日中における差を痛感する」と論じる記事を掲載した。

 記事は、人は「不満や不便の方が実感しやすく、利便性を享受できているときは、その利便性の高さをなかなか認識できないためだ」と主張し、日本の公共インフラにおける利便性の高さについても「やはり簡単には実感できない」と主張。だが、日本の駅を使っているうちにその利便性の高さに気づく時が来るはずだと指摘し、中国人の目に映る日本の駅の利便性について考察した。

 たとえば日本では各都市に存在する主要駅は往々にして商業施設のような存在となっているが、「トイレの設置場所」が中国と大きく異なっていると指摘。中国の駅のトイレといえば改札内にあるのが一般的で、料金を支払って改札を抜けた人しかトイレを利用できないのが一般的だとしながらも、日本の駅は改札内はもちろん、改札の外にもトイレがあって誰でも利用できるので便利だと指摘した。また、体の不自由な人も使えるトイレや、子ども用のトイレなど、様々な人が利用する駅にある施設だけあって、様々な人に対する細かい配慮が見られるのも日本であることを強調した。

 さらに記事は、日本の主要駅はとても大きく、出口もたくさんあって迷いそうに思えるとしながらも、内部には案内板がたくさん設置してあって、案内板どおりに歩けばそうそう迷わない親切な作りになっていると紹介。また、目の不自由な人向けに誘導用ブロックがしっかりと設置してあるのも日本ならではの配慮だと強調した。

 そのほか、日本の駅にはコインロッカーが設置してあること、多言語でのサービスを展開していること、さらには喫煙ルームまであって喫煙者と非喫煙者に対する配慮まで存在すると強調。日本の駅で見られる配慮は「枚挙にいとまがない」ほどであり、こうした配慮は「他人への尊重」を体現したものであると指摘、「こうした配慮を日本で目にするたびに、日中における差を痛感せざるを得ないのだ」と論じた。(編集担当:村山健二)(イメージ写真提供:123RF)