中国のポータルサイト・百度に13日、日本の給食制度は中国も学ぶに値するものだとして、「子どもたちの腹を満たすための給食」から「教育の一環としての給食」へと発展した日本の給食制度の歩みについて紹介する文章が掲載された。

 文章は、日本の給食制度の起源は1889年に山形県の小学校で、貧しくて弁当が持参ができない子どものために、学校を運営していた僧侶がおにぎりと簡単なおかずを用意したことにあると紹介。その後少しずつ給食が全国の学校に広がっていったと伝えた。

 また、第2次世界大戦によって食品の供給が滞ると給食制度はいったん停止を余儀なくされたものの、終戦から程なくして徐々に復活し、1954年には学校給食法が制定されて学校給食の体制が整備されたと説明。当時の給食は物資不足のなかで米国から供給されていた小麦粉によるコッペパンと脱脂粉乳、そして、クジラの竜田揚げといった単一的な内容だったとしている。

 そして、60年代中期になると経済成長や供給体制の充実により、おかずの種類や質が顕著に向上するようになり、76年には給食制度上で米飯が正式に導入され、このころより和洋中さまざまなおかずが供されるようになったほか、ゼリーやフルーツポンチなどのスイーツまで登場するようになったと伝えた。

 さらに、90年代以降は「食育」の概念が生まれ始め、給食の栄養成分や、材料から完成するまでの過程などを学んだり、自分たちで育てた野菜を使った給食が出されたりするようになって現在に至ると紹介した。また、現在の日本の学校給食では、栄養バランスのほか、子どもたちが何でもおいしく食べられるようなおかず作りといった点が重要視されており、各学校に栄養士が配備されているとした。

 文章は最後に「日本の給食文化史を見ると、日本の給食が多くの人から評価される理由が分かる。日本はこの分野において確かに素晴らしく、われわれが学ぶに値する」と結んでいる。(編集担当:今関忠馬)(イメージ写真提供:123RF)