日本の給食の起源は、明治時代にまでさかのぼると言われている。戦後全国の学校に本格的に導入されてからは、栄養面でもメニューの豊富さでもますますレベルアップしている。中国メディアの今日頭条は26日、明治から令和まで日本の給食は進化を遂げてきたと紹介する記事を掲載した。

 記事はまず、日本の給食の歴史を紹介。日本の給食は1889年に山形県の私立小学校が無料で食事を配ったのがルーツとされる。当初は「おにぎりと漬物、焼き魚」という質素なものだったが、当時の日本では一般的な昼食だったと紹介した。大正時代になると給食のメニューは「五色ご飯と具沢山のみそ汁」となり、昭和初期には「白米にほうれん草のホワイト煮、焼き魚」のメニューがあったと伝えた。

 その後、1923年ころから給食は全国的に広まったものの、1941年からは太平洋戦争の影響で一時中断したと指摘。終戦後に給食は再開され、国際連合児童基金(ユニセフ)の援助で脱脂粉乳が出されるようになったと伝えた。昭和中期になると「コッペパン」がお目見えするようになり、脱脂粉乳から牛乳へと変わり、昭和後期になると「カレー」が出てきて、果物やゼリーなどのおやつまで付くようになっている。

 では、現在の給食はどんな内容なのだろうか。記事は、同じメニューが続くことはなく、季節に合わせたメニューが取り入れられていると紹介。給食と家でメニューがかぶらないよう1カ月分のメニューがあらかじめ保護者に伝えられると紹介し、「やりすぎなほど細かい」ことに驚いている様子だ。「ここまで子どもたちの気持ちを大切にする学校給食があるのは、世界でも日本くらいではないか」と、栄養豊かでバランスよく、美味しい日本の給食を称賛している。

 これに対して、「いつになったら中国もこうなるのか」など、日本の給食をうらやむコメントが寄せられた。ある人は、最近中国の学校で、「校長が給食費を事務所の改装費に使いこみ、給食の食材にはかびが生えていた」とのニュースがあったと紹介。日本との格差は大きいようだ。そもそも、「中国では昼にも宿題をしないといけないので昼食は掻き込んでいる」という人もいて、中国の子どもは昼にゆっくり食事をする暇もないという指摘も見られた。毎日栄養のあるおいしい給食を味わって食べられる日本の子どもは、幸せと言えるのかもしれない。(編集担当:村山健二)(イメージ写真提供:123RF)