日本が明治維新によって近代国家へと生まれ変わることに成功したのに対し、清国は洋務運動と呼ばれる運動を通じて国力増強を目指したが、失敗に終わったとされている。中国メディアの今日頭条はこのほど、日本がわずか15年で成し遂げたことを「中国はなぜ100年もかかってしまったのか」と問いかける記事を掲載した。

 記事は、近代の日本が「ペリー来航」以後の国難に対し、「国内の革命を成し遂げ、日本という国全体の危機を脱するのにわずか15年しかかからなかった」と主張する一方、中国が国難を脱するのに100年もかかってしまったと主張し、この差は一体何によって生じたのかと疑問を投げかけた。

 続けて、ペリーが日本に来航したのは1853年のことであり、日本は米国の武力による圧力のもと、不平等条約として知られた「日米修好通商条約」を結ばされたと指摘。しかし、日本ではその後、坂本龍馬に代表される倒幕派が立ち上がり、わずか15年ほどで徳川幕府に大政奉還をさせるという「革命」が起きたと紹介し、これは驚くべきスピードであると論じた。

 さらに、日本は明治維新を通じて藩制度や身分制度といった封建制を自ら廃し、それまで存在しなかった「日本人」という意識を覚醒させることに成功し、それによって日本という1つの国がまとまることができ、国難を脱することができたのだと論じた。

 一方、清国は英国とのアヘン戦争後に、日米修好通商条約のような不平等条約である「南京条約」を結ばされたと紹介しつつ、当時の中国がその後に辿った運命は日本とは大きく違っていたと強調。中国人が民族の意識を覚醒させ、国難を脱するのにはそれから約100年もかかってしまったと主張し、これは中国が日本と違って他民族から構成される国だからだと主張。単一民族国家だった当時の日本では「一君万民論」が受け入れられやすい状況であり、全国民の意識や考えをまとめやすい状況であったため、わずか15年ほどで国内で革命を成し遂げることができたのだと主張した。(編集担当:村山健二)(イメージ写真提供:123RF)