日本経営管理教育協会が見る中国 第612回 ――永野剛

 9年前の震災当日。私は仙台にたまたま帰省中だった。

 街(仙台の人は駅前や繁華街アーケードなどに行くことを「街に行く」と言う)にいたが、大地震が発生しジェットコースターの如く天地がぐちゃぐちゃな世界のあと、海沿いからはもくもくと黒煙が数ヶ所から立ち上っていた。仙台新港のコンビナートからだと後でわかった。

 地震直後、仙台駅前から実家まで徒歩で向かった。途中、五橋にあるビルの巨大な外壁パネルが落下し、真下にあった屋根付のバス停がぺしゃんこになっていた。余震もあり街中を歩くのは危険だと判断し、愛宕橋から広瀬川沿いに広瀬橋まで歩いた。たまたま通りかかった工事現場にあるラジオから「大津波が来ている! すぐに避難してください!」と何度も何度も伝えられていた。

 それから三日間ロウソク暮らし。電気、ガス、水道無し。カセットコンロが大活躍だった。祖母はロウソクを見ながら、戦争より酷いと呟いていた。昔はそもそも物が無く、生活水準自体が低い状況であったためらしい。

 あれから9年。(地震発生時刻:2011年3月11日午後2時46分)震災が私に与えた影響は。正直多分少ない。

 それは家族や親戚も無事だったことや、市内中心部は文字通り台地に市街地が形成されているため地盤がしっかりしていることと、親世代が宮城県沖地震の経験者で日頃から地震に対する心構えがあったこともあるかと思う。ただ、想定外の大津波は別だ。

 たまたま目についたニュース記事に、美しい虹が被災地に架かる写真があった。子供の頃、よく祖父と釣りに出掛けていた閖上(ゆりあげ)という地区。津波で壊滅した地区だ。そこに架かる美しい大きな虹。(虹出現時刻:2020年3月11日午後2時57分) 犠牲者と黙祷を捧げる人々の間で、なんらかのコミュニケーションをしているようだ。某有名アニメ監督でも描けないような偶然。青い空と、虹のコントラストがなんとも言えなく心に響いた。

“事実は小説よりも奇なり”

 現在、新型コロナウイルスの脅威に世界は脅え、大相撲など各種無観客試合、人生の節目である卒業式の中止、春のセンバツ高校野球の中止、日経平均株価大暴落など、ネガティブなニュースばかり。こんなにも脆く世界が崩れゆくストーリーを誰が書けただろうか。

 平和な日常ほど尊いものは無いとつくづく感じたこの虹。

 JR常磐線が3月14日(土)に全線開通し、目に見える形で復興を遂げているニュースも確かにある。震災から9年を迎え、東京五輪を今夏に控えている今。一日も早く平穏な日常に戻って欲しいと心から思う。私たちは負けない。(写真は、震災当日、地震発生から36分後。ビル外壁の一部が落下し押しつぶされるバス停。提供:日本経営管理教育協会)