中国でも「明治維新」という言葉は広く知られており、「日本が中国を超えることになった契機」として認識されているという。しかし、中国メディアの今日頭条はこのほど、「日本は明治維新だけで中国を超えたわけではない」と伝え、中国を超えるうえでの「基礎」はすでに江戸時代に存在していたと論じる記事を掲載した。

 日本で明治維新が起きた当時の中国は「清王朝」だったが、日本は明治維新後に国力を飛躍的に高めて列強となる一方、清王朝は滅亡し、中国はその後も内戦などが起きたことから長きにわたって停滞を余儀なくされた。

 記事は、「日本の歴史を学んだ人ならば、誰もが明治維新を知っているはずだ」と指摘し、日本は明治維新を通じて立憲君主制と資本主義を導入し、その後の発展の基礎を築いたと指摘する一方で、「多くの中国人は、日本が中国を超えたのは明治維新によるもの」と認識しているが、これは誤解であり、「日本が中国を超える国力を築くうえでの基礎は江戸時代に構築された」と強調した。

 続けて、江戸時代について説明し、「江戸時代は日本にとって平和な時代であり、経済や人口も伸びた時代だった」ことを強調。江戸幕府を中心とした政治が行われていたが、中央集権国家というほど江戸幕府の力は強くなく、各地に力を持った大名がいて、各地で経済や社会が発展していたと指摘し、日本全体としてみた場合の都市化率は当時の中国より高かったと伝えたほか、各地に寺子屋があって庶民の間にまで教育が普及していたと指摘。教育は「国力を左右する鍵」であることを強調しつつ、日本は江戸時代から非常に高い識字率を誇り、その民度も非常に高かったと論じた。

 日本が江戸時代の頃の中国は「明」や「清」の時代にあたるが、記事は「明」や「清」は王朝が極めて強い権力を持ち、社会や経済が十分に発展しなかったと主張。つまり、日本の社会は江戸時代の時点ですでに中国を上回る発展を遂げていたのだと指摘し、「江戸時代に構築された基礎があったからこそ、日本は明治維新で一気に中国を超える国力を築くことができた」のだと論じた。(編集担当:村山健二)(イメージ写真提供:123RF)