訪日中国人の多くは、初めて日本に来るとその清潔さやきれいさに驚くものだが、日本にはごみ箱もなく清掃員もいないので、なおのこと不思議に思うようだ。中国メディアの今日頭条は5日、日本がきれいなのは、清掃員に任せているからではないと紹介する記事を掲載した。

 中国では道路わきにごみ箱を大量に設置し、清掃員が一日中街を掃除して、散水車で水を撒いていくことで街をきれいにしようとしているが、中国ではそれでも街にごみが大量に存在する。日本ではなぜ「清掃員に任せていない」のにごみ1つなくきれいなのだろうか。

 記事は4つの理由が考えられると紹介している。その1つが「法律」が整っていること。江戸幕府にはすでに、家庭で出るごみを近くの川や堀、空き地に捨てることが禁じられたと紹介。明治になると「汚物掃除法」が制定され、1990年代には「廃棄物処理法」が制定されたと伝えた。

 2つ目は「教育」だ。進んできれいにしようとする日本人の意識は「子ども時代からの教育のたまもの」で、学校では靴を履き換え、衛生問題を授業でも教えているので「ここで培われた習慣は一生ついて回る」と称賛している。

 3つ目は「文化」で、日本には清掃員がいないものの、住民が定期的に合同で地域の清掃を行う習慣があると紹介。そのため、日本人はサッカーの国際試合の終了後には進んで清掃して帰ろうという考えがあるのだと感服した。

 そして、最後は日本の伝統的な「宗教」と関係がある分析。神道にしても中国から伝来した仏教にしても「穢れを清める」という概念があり、だから日本人は清潔好きで昔から風呂に入ると分析している。この仏教を含め、古代中国から影響を受けてきた日本だが、清潔さに対する概念では違いがあるというのは興味深いところである。清掃員に頼らずとも、日本のように個人個人が意識することで清潔な状態を保てるというのが理想と言えるのではないだろうか。(編集担当:村山健二)(イメージ写真提供:123RF)