日本では、毎年1月に全国でセンター試験が実施されるが、中国でも同じく、毎年6月に高考(ガオカオ)と呼ばれる全国一斉大学入試が実施される。どちらも、大学に入学するための試験という部分では同じ意味を持つ試験である。しかし、中国メディアの今日頭条は、日本の試験が「問題及び点数配分を全国統一している」という部分に焦点を当て、「同じ大学試験なのに、なぜ日本では試験内容と点数配分の統一が可能なのか?」と疑問を呈する記事を掲載した。

 日本人にとってみれば、問題や点数配分が全国統一であるのは、当たり前のことであり、むしろ、試験難易度などに差がある試験を実施すれば、大問題となるだろう。しかし、現在の中国における大学入試は、「戸籍のある地域によって大学の入学枠数が異なり、さらに点数配分や問題の難易度にまで差がある」のである。

 記事では、「日本が公平を期した試験を実施できるのは日本の国情と密接な関係がある」と論じている。まず両国の人口を比較し、2019年の中国の受験人口は「1031万人」に達しているのに対し、日本の受験人口は例年「50万人程度」で、中国の1つの省ほどの人数しかいない点を挙げた。

 次に、国土においても「中国の国土面積」は大変広大であるという点を挙げている。この2点を押さえた上で、結果として「中国では地域ごとの教育水準に大きな差がある」という高等教育の現状を伝えた。確かにこのような現状では、受験生に「全国統一の」試験を実施するということが、至難を極めるであろうことは想像に難くなく、日本が公平な試験を行えていることに驚きを感じるのも納得がいく。

 その上で、「中国の大学入試公平化には、まだまだ長い道のりがあるが、高等教育の水準を上げるには、高校の国際競争力の向上を図る、表面的なものではなく、教育資源の投入や、各地域の教育水準の差を縮める、などの根本的な改革を絶えず行う必要がある」と提言している。

 日本について考えてみても、戦後の日本経済が急激に発展したのは、義務教育により国民教育が広く普及したことや、高等教育への進学者が増加したことが原因とされている。国家が経済を発展させる過程において、国全体の教育水準を引き上げ、優秀な人材を多く確保することは必要不可欠である。中国にとっても現状を踏まえた教育改革は、今後経済のさらなる発展のために大変重要だと言えるだろう。(イメージ写真提供:123RF)