日本経営管理教育協会が見る中国 第584回 ――三好康司

 東京オリンピック2020まで、いよいよ一年をきった。私が中小企業支援を行っている東京都墨田区役所内にもオリンピック関連の掲示があり、徐々にではあるが、オリンピックムードが出てきている。前回1964年(昭和39年)東京オリンピックの時、私は2歳、オリンピックの記憶はほとんどないが、1964年を調べてみると、わが国の海外渡航自由化の年であることが分かった。今回は、当時と今のインバウンド(海外からの外国人来日)とアウトバウンド(日本からの出国)について考えてみたい。

1.1964年の海外渡航自由化とは?

 今でこそ、当たり前のように皆が海外旅行に行く時代であるが、1964年(昭和39年)以前は、海外渡航は業務目的と留学に限定されていた。そのような中、まさに東京オリンピックが開催される1964年(昭和39年)、観光目的の日本人の海外渡航が自由化された。同年のパスポート発券冊数は約12万冊、当時のパスポート事務所はてんてこ舞いだったと聞く。なお、海外渡航には制限があり、一人あたり年一回、持ち出し外貨は500ドル(約18万円)迄だったそうである。

2.アウトバウンドを比較する

 1964年(昭和39年)の日本からの出国者数は、約22万人である。出国者訪問先のほぼ半分はハワイ、次に東南アジア、香港、マニラと続く。同年4月の「ハワイ旅行団」の料金は、7泊9日、4島巡り(オアフ島、マウイ島、ハワイ島、カラウイ島)、そして全日程食事付きで36万4000円、当時の大卒一年目の初任給の一年半分、まさに海外旅行は高嶺の花であった。

 しかし、平成30年(2018年)になると、日本からの出国者数は、なんと1,895万人である。前回1964年(昭和39年)に開催された東京オリンピックの年と比べ86倍である。海外も身近になったとつくづく感じる。

3.インバウンドを比較する

 前回、東京オリンピックが開催された時は何人の外国人観光客が来日したのであろうか? 少し気になって統計を調べてみた。1964年(昭和39年)のインバウンドは約35万人である。平成30年(2018年)のインバウンドは3,119万人であるので、その数、88分の1にしか過ぎない。しかし、当時の日本に35万人の外国人がくることは大きな衝撃であり、これがわが国の国際化の契機になったのではと思えてならない。現在では、東京を歩いているとさまざまな国々の人々を見かけるようになった。オリンピックイヤーのインバウンドは3,600万人に達するとの予想もある。令和2年(2020年)が、わが国にとって海外交流の新たな1ページになることを期待している。

 私が初めて海外を訪問したのは、1987年(昭和62年)であった。海外渡航自由化からかなり経った後である。海外はやはり遠かった。しかし、日本と海外の交流は驚くべきスピードで進んでいる。来年のオリンピックがとても楽しみになってきた、そんなことを考えた一日であった。(写真は、墨田区のオリンピック掲示。提供:日本経営管理教育協会)