日本が近代化の歩みを始めたのは言うまでもなく明治維新からだが、その成功は江戸時代に築かれた基礎とも大きく関わっている。中国メディアの今日頭条は4日、明治維新前から日本はすでに中国を超えていたとする記事を掲載した。「識字率と都市化」で清王朝を上回っていたのだという。

 記事はまず、中国では明治維新と中国の洋務運動がよく比較の対象になると紹介。日本がこれほど急速に近代化を成し遂げられたのはなぜなのか、強い興味を持たれているという。当時、強そうに見えた清王朝は停滞を始め日本に逆転され、「アジアの二流国家に成り下がった」と指摘した。

 そのうえで記事は、明治維新の成功は「江戸時代に基礎が築かれていた」と分析。その1つの大きな要素が、「農民が多く江戸に住み始めたことで、急速な都市化を実現」したことだ。日本は中国と違い、田畑は長子が継ぐものだったため、次男以下の男子は江戸などの都市に出て働きことが多く、その結果江戸は100万規模の大都市だったと指摘した。同時期の中国は北京でも74万人、英国ロンドンでさえ70万人の人口に過ぎず、都市化率が進んでいたために後の発展がしやすい環境だったと説明した。

 別の重要な要素は「識字率の高さ」だ。戦争がほとんどなくなった江戸時代の武士は、高い教育を受けるエリート層となったが、日本が他国と大きく異なるのは「寺子屋」の存在が大きかったと指摘。読み書きそろばんを学ぶことができたため、農民でも字が読める人がいたのは日本の大きな特徴で、江戸時代の識字率は男性33%、女性25%と、英国の25%と比べても高く、清はわずか4%とかなりの格差があったことを強調している。

 記事によると、寺子屋は登録されていたもので1万6500あまり、非登録の寺子屋は7万もあったため、日本の隅々にまで教育が行き届いていたと感心している。明治維新後は6年の義務教育が始まったが、寺小屋を小学校に変えれば良いだけだったため容易に識字率が上がったが、「清王朝は当時教育に関してほとんど何もしていなかった」と残念そうに伝えた。

 多くの中国人は、明治維新が日本と中国との明暗を分ける分岐点だったと認識しているようだが、実際には江戸時代から格差は出ていたといえるだろう。特に識字率の高さについては、記事が紹介した数字よりもっと高かったとの説もあるが、いずれにしても基礎教育を身に着けた人が多かったことが明治維新の成功につながったといえるだろう。(編集担当:村山健二)(イメージ写真提供:123RF)