30年続いた平成の時代も間もなく終わりを迎え、新しい元号の時代に入ろうとしている。明治維新後の元号も新しい元号で5つめとなり、日本の近代化の扉を開いた「明治」はさらに遠い存在となった。中国メディア・東方網は25日、「明治時代の日本と、清朝末期の中国、何が違うか見てみよう」とし、明治時代に撮影された日本国内の写真を紹介する記事を掲載した。

 記事はまず、明治時代末期の日本の街並みを撮影した写真を紹介。道の脇にはすでに電柱が立ち、空には電線が通っていることを指摘したうえで「日本は明治時代より脱亜入欧を始め、急速に発展した。そして、戦火による阻害がなかったこともあり、近代におけるアジア最強国になったのだ」と伝えている。

 次に、横浜の街で果物を売る露天商と、その商品を選ぶ客が写った一枚を示し「道路は依然として土ではあるが、しっかりと平らにならしてあるうえ、大量のゴミが散らばっておらずとても清潔感がある。道路の両側は商店が立ち並んでいる。横浜は開港以降外国商人の一時的な居留地になり、そこから近代経済が発展したのだ」と紹介した。

 さらに、多くの人で賑わう当時の海水浴場の写真を紹介。海水浴場は男性と女性・子どもに分けられており、女性は薄い下着のようなものを身に着けて海に入っていたとし、その様子からは西洋諸国の影響を受けた、当時の日本社会や日本人の開放的な雰囲気が感じられると伝えている。

 そして最後に、当時の農家の様子を紹介。明治時代の日本社会は安定しており、本土での戦乱もなかったことから、当時の農民の生活条件も中国に比べれれば良好だったと説明した。当時の日本の農村での生活も決して楽ではなかっただろうが、荒廃していたうえに欧米列強からの侵食を受けていた清朝末期の農村に比べると良く見える、ということのようだ。(編集担当:今関忠馬)(イメージ写真提供:123RF)