中国メディア・東方網は24日、「ロシアは、実は日本よりももっと恐ろしかった」とする記事を掲載した。今でこそ中国と友好関係を築き米国と対抗する構図を呈しているが、かつての帝政ロシアは中国を飲み込もうとしていたと紹介している。

 記事は、「ロシアというとみんないいイメージを持っているかもしれない。しかし、100年あまり前のロシア、つまり帝政時代のロシアは列強国の1つとして君臨し、清朝末期にはわが国に国土の大部分を侵略、占領しようとしていたのだ。彼らは万里の長城より北にある中国の領土を飲み込もうとしたが、幸いこの計画は成功しなかった。もし成功していたら、北京が国境都市になっていたことだろう」と紹介した。

 そのうえで、帝政ロシアは清朝末期に中国東北部の鉄道権益を獲得するとともに東清鉄道沿線に軍隊を駐留させ、現地住民の生活に大いに干渉していたと説明。やがて義和団が蜂起して鉄道を破壊するが、これがかえってロシアに出兵の機会を与えることになり、最後のロシア皇帝ニコライ2世が長城以北をロシアに併呑する計画を立てたと伝えている。

 そして、計画を立てたロシアは、「清朝政府の秩序維持と安定を助ける」という大義名分のもとで18万人の大軍を中国東北部に出兵させ、東北部の占領を認める条約を清朝に迫ったと解説した。この条約は清朝のみならず他の列強も反対したことで反故になったが、1904年には再びロシア軍の撤退と交換にロシアに東北部の特権を与えるという条約を結ばせた挙句、約束を守らずに軍隊を撤退させなかったと紹介した。

 記事は最後に、帝政ロシアの壮大、かつ、恐ろしい計画が最終的に失敗に終わった理由として、ロシアが日露戦争に失敗し、日本が代わって中国東北部を占領することになったことを挙げた。日本は、その後東北部の権益を強化し、傀儡政権の満州国を建設するなど支配を強めていったが、この時点では「間接的に、中国の東北部を守る結果になった」と伝えた。(編集担当:今関忠馬)(イメージ写真提供:123RF)