日本経営管理教育協会が見る中国 第548回 ――坂本晃

◆平成最後の新年を迎えて

 日本では、西暦と併用して和暦も使われている。行政、金融機関、交通機関などでは和暦表示である。行政で使用されている届け出用紙などで、生年月日を記入する欄に、さすがに明治を表すMは見当たらなくなったと思えるが、大正のT、昭和のS、平成のHは表示されている。新年号は何に決まるであろうか。

 昭和64年1月7日が昭和の最後の日であり、この日の午後、当時の小渕恵三官房長官が、かねて製作を依頼されていた3つの候補、平成、修文、正化の中から、閣議決定で新年号は「平成」と決められ、発表された。テレビで中継され、ご覧になられた方も多いと思う。

 平成元年1月8日にお生まれになった方もすでに30歳を迎えられ、少子高齢化が進展する日本では、貴重な年代である。2010平成22年頃は、企業などで、平成生まれの方が新入社員として入社され始めて、一寸した話題になったのを思い出す。

 亡くなるまで公務に従事しろと言うのは基本的人権を無視した非情な話で、今後は今回の退位と年号の変更が前例となろうが、グローバル化の進展に合わせて、行政を含め、ビジネスでは西暦に移行し、年号変更を特需と期待する向きもあろうが、日本全体の生産性を向上させたいものである。

◆多数決の両面

 複数の人が集まってなにか決め事をする場合、多数決というのは、人類の歴史の中で考案されてきた便利な考え方であろう。しかし、前提としては、多数決に参加する人は、色々な面、とくに持てる情報などが平等であることが必要でありそうだ。

 家族の中で親は、子供達を養い、育てることから自ずと権限と責任が重くなる。こうした親同士が集まってなにかを決めなければならないとき、親個人の能力には経済、体力、知識などに差があり、より優れた者がまとめ役を務めるのは自然の成り行きであろう。こうして昔は王様と呼ばれるような人がまとめ役を担ってきた。

 しかし、一人の人間には限界があり、それを補うために多対決という考え方が考案され、現代に至っている。小さな集団から、原則同じ民族同士で国という考え方が考案され、そのまとめ役として王様とか大統領という制度が実用化されている。

 王様は、世襲が普通で、選挙で選ばれることはない。それに対して国などを代表する大統領とか首相という職務に従事する人は、選挙で選ばれるのが普通になっている。選挙で選ぶと言うことは、多数決が大原則である。一票でも多い方が就任するのが、民主政治と呼ばれる考え方の基本である。

 有権者が少数の場合、大統領など国の代表者を選ぶのは直接指名が普通であるが、多数の場合は間接選挙も行われている。えられた票数の差が多い場合は、立候補時の政策公約を実行しやすいが、少ない場合は不安定になりやすいといえよう。

 現在の世界では、有権者による選挙が一般的であるが、選挙制度のない国も存在している。イギリスては、ようやくEU欧州連合の結成で平和をめざしたものの、その離脱が少数の差で決められ、アメリカでは所属政党への総投票数では下回った大統領が選出されるなど、多数決の負の側面も見られ、人類はどこまで賢くなれるのであろうか。(写真は、平成最後のクリスマスの飾り。提供:日本経営管理教育協会)