日本経営管理教育協会が見る中国 第543回 ――三好康司

 2025年の万国博覧会(以下“万博”)に、わが国は大阪を開催地として立候補している。開催地は、11月23日にパリで開かれる博覧会国際事務局総会で決定する。今回は、1970年の大阪万博の思い出も含め、万博・大阪について書いてみようと思う。

1.1970年の大阪万博

 大阪千里丘陵で万博が開催されたのは1970年、私が小学二年生の時であった。3月から9月までの開催期間中に、のべ約6,400万人が入場、日本をあげたお祭り騒ぎであったと記憶する。映画のセットのようなパビリオン、世界各国からきた外国人、動く歩道、見るもの全てが新鮮であった。テーマは「人類の進歩と調和」、万博を見にいき、バラ色の未来・21世紀がやってくると真剣に思ったものである。会場中心にたっていた「太陽の塔」、月の石が置いてあった「アメリカ館」、そこから対角線上にあった巨大な「ソ連館」、今でも情景を浮かべることができる。それほど、私にとっては強烈な体験であった。

2.今回の大阪万博の構想

 では、立候補中の「2025大阪万博」は、1970年の万博と比べどう違うのであろうか? 新聞報道によれば、政府は2025年万博を70年万博の「進化版」と捉えているようだ。大阪府の松井一郎知事は「世界の珍しいものを展示した70年万博と違い、25年万博は世界の課題を解決する策も生み出す万博にしたい」と語っている。工業技術が進歩するとともに、携帯電話・パソコン・インターネット等が普及し、1970年には想像も出来なかったほど人々の生活は豊かになった。反面、わが国を含めた世界においては、バラ色の21世紀は到来しておらず、課題が山積しているようにも感じる。それらの課題を解決する万博になるのであろうか。

3.開催地決定の仕組みとライバル国

 2025年万博に立候補しているのは、日本(開催地:大阪)、ロシア(開催地:エカテリンブルグ)、アゼルバイジャン(開催地:バクー)の三カ国である。11月23日にパリで開かれる博覧会国際事務局(加盟国170国)の総会で、各国が投票して開催地が決まる。1回目の投票で投票総数の3分の2以上を得票すればその国が開催地となるが、いずれも満たない場合は上位2カ国による決選投票となり、過半数を得た国が開催地となる。アフリカや欧州、中南米が大票田であり、それらの国・地域の支持動向が鍵となるそうだ。

 この原稿が掲載される時には、すでに開催地は決まっている。私は大阪出身であるが、1970年の万博開催後の大阪経済には活気があった。しかし、現在は東京への一極集中がますます進み、大阪から東京に本社を移転する企業も多い。2025年の大阪万博が実現し、大阪経済が活性化することを切に願っている。(写真は、太陽の塔。提供:日本経営管理教育協会)(なお、2025年大阪万博の開催が決定した)