日本人では自分の感情を表に出さない人が多いが、中国人はそれとは真逆で多くの人が感情をストレートに表現する。その傾向が言語にも表れているようで、中国メディアの捜狐は12日、「曖昧さは日本人の哲学である」と論じる記事を掲載し、日本語でどのように「曖昧」が使用されていて、人の想像力をかきたてるものとなっているのかを紹介している。

 中国のテレビドラマや映画などでは、一般的に誰が善人で悪人かがはっきり分かる構成になっていることが好まれるが、記事は「日本人の生活では何事も曖昧であることが多い」とし、それはテレビドラマの表現でも同様だと紹介。日本では視聴者が「想像力を膨らませ、その後の展開の可能性を想像する」ことができるよう、あえて「曖昧」な部分を残して表現されていると伝えた。

 続けて、日本人は何事においても「露骨な表現」を嫌う傾向にあると紹介。他人とのコミュニケーションでも、あえて曖昧な表現を使用しつつ、その前後の文脈や表現を通じて相手に「真意を推察させる」表現を好むのが日本人であることを指摘し、こうした点からも日本人の曖昧さが見て取れると強調した。

 自分の感情や思っていることをはっきり主張する人が多い中国人からすれば、日本人の「曖昧さ」はなかなか理解することができない表現方法だろう。それゆえ、中国人にとって日本人の曖昧さは一種の哲学のようにすら感じられるようだ。日本人からすれば何事もはっきりと自己主張する中国人には驚かされることが多々あるが、世界を見渡してみると欧米人も物事をはっきり口にする傾向があるため、曖昧さを好むのは日本人ならではの特性と言えるだろう。(編集担当:村山健二)(イメージ写真提供:123RF)