現代でこそ飛行機に乗れば数時間で日本と中国を行き来できるが、古代の日本人は船で数十日もかけ、文字どおり命をかけて中国に渡っていた。中国メディアの今日頭条は14日、「かつての日本人は船で中国に渡ってきたが、それは学ぼうとする欲求と勇気があったからこそだ」と論じる記事を掲載した。

 日本と中国には古くから往来があり、邪馬台国で知られる卑弥呼は西暦239年に魏に使者を送っている。記事は、その後も日本は中国の仏教や政治などの学問を学ぶことや文化交流を目的に、使者を何度も派遣したことを紹介。遣隋使や遣唐使という名前は日本でも広く知られている。

 続けて、古代の造船や航海技術を考えれば、航海は現代よりもさらに危険であったことを強調し、当時の日本人たちは命がけで海を渡って中国を目指したと指摘。一方、当時の中国は科学技術の分野で世界最先端であったにもかかわらず、鑑真は10年間で6度も中国から日本へ使節を派遣したが、6度目にしてようやく成功したことを指摘。鑑真の弟子も当時の日本への航海について「中国から日本は非常に遠い国であり、航海に出れば命はあってないようなもの」と述べていることを紹介した。

 記事は、中国人が渡日に何度も失敗したにもかかわらず、かつての日本人が何度も船で中国に渡ってきたのは、「先進的な文明を学ぼうとする知識への欲求と、そのために命をかける勇気」があったからこそだと主張し、当時の中国の文化や技術を学ぶために払われた努力や勇気には驚かされると結んでいる。(編集担当:村山健二)(イメージ写真提供:123RF)