中国メディア・東方網は13日、「思いもよらなかったかもしれないが、かつての日本車はみんなパクリからスタートしたのだ」とする記事を掲載した。

 記事はまず、中国で爆発的な人気を誇るネットショッピングアプリ「拼多多」が近ごろ「ニセモノ商品危機」に陥っているとし、プレイステーション4として宣伝されていたゲーム機を購入してみたら、見た目は同機そっくりだが実際はファミコンのようなカセット挿入式ゲーム機だったという話を紹介。「拼多多は『パクリであって、ニセモノではない』とコメントしているようだが、そのような話は自動車の世界にもあるのだ」とした。

 そのうえで、「実際、多くの国では自動車工業の黎明期に『パクリ』が行われるのが慣例のようになっていて、今は自動車工業が相当に発達している日本でさえ『パクリ』に頼って身を起こしたのだ」と説明。かつて日本のメーカーが行ってきた、自動車の「パクリ遍歴」を紹介している。

 記事は、「トヨタの戦後初の自動車になったSAは、当時世界で流行していたフォルクスワーゲンのビートルを模したものだった。また、2代目のクラウンは1960年モデルのシボレー・インパラのデザインを拝借している。日本らしさを感じるエスティマさえ、ルノーのエスパスを模しているのだ」とした。

 さらに、「憧れの日産GT-Rの前身であるスカイラインの2代目はダッジの車に似ていたし、70年代のフェアレディもフェラーリ・250GTOそっくりだった。マツダ初のロータリーエンジン車となったコスモは、ロータス・ヨーロッパのデザインに近かった。このような例はまだまだあり、とても1つ1つ挙げてはいられない」と伝えている。

 記事は一方で、「外観上の拝借はするものの、日本人は技術に対する模索の手は止めなかった。海外の優秀なメーカーを強いライバルと見て自らの技術を磨いてきたからこそ、現在の強い日本の自動車があるのだ」と結んだ。(編集担当:今関忠馬)(イメージ写真提供:123RF)