日本経営管理教育協会が見る中国 第521回 ――坂本晃

■1868年明治維新から

 平成29年2017年に1868年の明治維新から150年を迎えた。

 1853年にアメリカから黒船来航、鎖国か開国で争われたが開国し、平和だった武家政治、軍事政権の江戸時代は終了、明治元年1868年に明治と改元し近代化が始まる。天皇制を維持しつつ、1869年には首都を京都から江戸に移し、東京と改名した。

 明治6年1873年は、早くも国民徴兵制を公布し、明治78年昭和20年1945年終戦まで72年間も継続した。明治18年1885年に第1次伊藤博文内閣が発足、明治22年1889年に大日本帝国憲法が制定された。

 明治時代の国策は「富国強兵」、具体的には学制、徴兵制、税制、産業振興策であった。義務教育は尋常小学校の無償化が実施された明治33年1900年から実質的な効果を上げられるようになった。産業振興では国有で製鉄業や製糸業を開始し、のちに民間で産業を主導できるようになった。

 明治27年1894年8月に中国との争いである日清戦争が起こり、主に朝鮮半島で戦闘が行われたが、8か月後には終戦、賠償金を手に入れ、台湾を日本の領地にできた。

 明治37年1904年2月に朝鮮満州を巡る権益でソ連との交渉決裂、日露戦争になる。

 明治38年1905年1月に旅順開城、同年5月に日本海海戦で日本の勝利、開戦から1年半後の同年9月には終戦、日本が満州へ進出できるようになる。明治43年1910年には日韓併合条約で、朝鮮を日本の領地にできた。

■明治45年1912年大正時代から昭和時代へ

 明治45年1912年には明治天皇崩御、大正時代、政党政治を基本とする時代に入る。

 明治の呼称を継続していれば明治47年大正3年1914年、欧州で第1次世界大戦勃発、日本はドイツに戦線布告、中国の青島を攻略し、ドイツ領だった南洋諸島を獲得した。4年後明治51年大正7年1918年に終戦した。5年後の明治56年大正12年1923年に関東大震災に見舞われる。

 明治64年昭和6年1931年、満州事変勃発、明治65年昭和7年1932年満州国創立、日本の関東軍と南満州鉄道会社が実質的に満州国を支配経営を行うようになり、満蒙開拓団の派遣など軍事政権の時代に入る。

 明治70年昭和12年1937年に北京郊外の盧溝橋でシナ事変勃発、日本軍が中国本土へ侵攻する。明治74年昭和16年1941年12月に日本海軍がアメリカのハワイ真珠湾攻撃で第2次世界大戦に突入、明治78年昭和20年1945年8月、ソ連の参戦と広島、長崎の原子爆弾攻撃で、同年8月15日に無条件降伏し、台湾と朝鮮などが日本から離れた。

■第2次世界大戦終了後後から

 明治が150年経過するほぼ前半で、日本が実質的に軍事政権であった体制が崩壊し、明治78年昭和20年1945年8月15日以降は、主にアメリカ主導で、平和国家の道を歩むことになる。終戦時の日本の人口は約7,200万人、海外から日本への引き揚げ者など約500万人と推計され、約7%の人口が一挙に内地日本本土で増えたことになった。

 明治80年昭和22年1947年5月に民主的な平和を基軸とする新憲法が施行、海外からの影響も受けて軍事費は日本のGDPの1%以内とされ、その後70年にわたって今日まで守られていることは世界に誇れることであろう。

 空襲などで破壊された産業施設の復興や衣食住への「モノ」への需要は大きく、もはや戦後ではないとされた明治89年昭和31年1956年に戦後の復興は終わり、経済は高度成長に入れ、35年後の明治124年平成3年1991年のバブル崩壊まで継続、その後低成長時代に入る。公共投資も個人生活レベルも一段落し、明治150年間の後半72年間は、軍事政権ではなく、政党政権で平和に過ごせ、前半78年間に比べてよい時代だったといえよう。

■2020年東京オリンピック後は

 平和の象徴である東京オリンピックが約2年後に迫まり、東京の第12回開催は実現しなかったが、戦後、明治97年昭和39年1964年第17回として開催でき、その後56年ぶりに第31回として開催が予定され、競技場建設などを巡って紆余曲折はあったが、無事開催されることを期待している。

 新元号に代わることが予定されているが、2020年東京オリンピック後、日本は引き続き観光立国としても海外からのお客を招き、民族同士の交流を深めて、明治維新から150年間の前半に見られた戦争のない平和な世界や生活を維持したいものである。(写真は、2020年東京オリンピックを掲示する東京都庁。提供:日本経営管理教育協会)