中国メディア・東方網は9日、中国のネット上でしばしば指摘される、日本の文化財保護の取り組みについて、150年前の明治初期から努力を続けてきた成果であるとする記事を掲載した。

 記事は、「日本の文化遺産保護は19世紀の明治初年から始まった。日本は経済を発展させると同時に、伝統文化に対する保護も忘れなかったのだ」とした。そして、1871年には政府が古器物の保存を命じ、1897年には「古社寺保存法」を、1919年には「史跡名勝天然紀念物保護法」を、29年には「国法保存法」、33年には「重要美術品などの保存に関する法律」を、といったように一連の文化遺産保護法規を続々と施行していったことを紹介している。

 また、第2次世界大戦によって日本の文化遺産は著しく破壊されたが、時の政府は国の再建とともに日本の伝統文化を復興する戦略方針を打ち出したと説明。おりしも46年1月に奈良の法隆寺金堂が消失したことで国内の文化遺産保護意識が高まり、50年には文化財保護法が制定されたと伝えた。同法は54年に「重要無形文化財指定基準」などが追加され、非常に整った文化財保護法規となったとした。

 さらに、「日本は科学的な認定プロセスを経て、重要無形文化財と人間国宝を指定している。中でも、最も特色を持つのが人間国宝だ」と指摘。人間国宝は重要無形文化財を保持する数少ない人物であり、認定されれば、政府からその芸術や技術の保存、伝承のため特別資金が支給されるようになると説明した。文化庁の統計によれば、これまでに芸能分野57人、工芸技術分野57人の計114人が人間国宝に指定されたと紹介している。

 文化財や文化遺産の破壊はほんの一瞬で事足りるが、その保護となると長い歳月を必要とするどころか、未来永劫まで地道に続けていかなければならない。今だけではなく、将来を見据えた文化財保護の在り方を考える必要がある。(編集担当:今関忠馬)(イメージ写真提供:123RF)