中国メディア・東方網は25日、「日清戦争で日本は中国から3つのものを持ち帰り、その1つはいまだに日本に影響している」とし、この時期に日本に伝わった、今ではすっかりおなじみの食材について紹介する記事を掲載した。

 記事は、「1894年の日清戦争では、アジア一と謳われた北洋艦隊を全滅させた日本が勝利した。終戦後、日本は清朝から銀2億テールの賠償金、そして、澎湖諸島の権益を獲得した。そしてまた、日本人は中国からある食材を持ち帰った。今の日本人の生活にも影響しているその食材は、白菜である」とした。

 また、「白菜の原産は中国北部で、やがて南北で栽培されるようになった。その歴史は長いが、不思議なことに日本には19世紀末になるまで伝わらなかった。1875年、東京で開かれた博覧会で清朝政府は白菜を持ってきた。明治政府はこれを購入して栽培を試みたが失敗している。しかしその後、日清戦争後に日本で白菜が普及し始めるのだ」と説明している。

 記事は、「日清戦争中の1895年、威海衛の戦いに勝利した日本は第2、第6師団2万人あまりを膠州半島に上陸させた。そこで兵士たちは現地農民の食事を食べ、白菜の味を知ったのだ。冬の膠州一体の白菜はみずみずしく、彼らはその味が大層気に入った。戦後、第2師団の参謀が白菜の種を日本に持ち帰り、宮城の農学校の教授に渡した。その後20年近くに渡り試行錯誤が繰り返され、ついに1914年に日本本土の白菜品種である仙台白菜の栽培に成功した。この白菜は生命力が強く、日本の気候に適しており、ここから白菜は日本で普及していったのである」と紹介した。

 そして、白菜は今や日本の食習慣で重要な地位を獲得しており、白菜を使った料理や漬物は日本のあらゆる家庭に浸透していると説明。日本の食文化を豊かにするとともに、知らず知らずのうちに日本人の体質を改善してきたのだと伝えている。(編集担当:今関忠馬)(イメージ写真提供:123RF)