日本経営管理教育協会が見る中国 第512回--坂本晃

■世界で人間とは

 世界で、現在生物学的に人間と分類されている人間は約73億人あまり生存していると言われている。これが21世紀の終わりには112億人になると予測されている。人間の種類、人種は、大まかには白色とか黒色とかがいわれいるが、何種類とという定説は見当たらなかった。

 しかし、ほぼ似た大きさであり、寿命や生活の仕方も異なると言えば異なる側面もあるが、精密機械に例えるとほぼ同じともいえよう。一部の身障者などを除いて一般的には頭や顔があり、手足に各5本ずつつの指をもつ。

 男女の両親の合意の元で生まれ、成長し、やがてはこの世を去るのは共通している。

■日本の医療の歴史

 日本という国らしい国が始まったのは、諸説あるが7世紀ごろとしておこう。しかし、そのころから病気を治すといったことが必要であり、薬というものが発明というか発見というか使用され始めたようである。

 16世紀には、今日的にいえば西洋医学による病院が創立されたと言われている。18世紀末には官立の病院が創立した。従来の漢方に加えて西洋医学であり、手術なども行われた。

 19世紀半ばにはコレラという伝染病が流行し、対応に追われたであろう。

 1868年の明治維新で日本政府の内務省に衛生局が設置され、医療が国の統制下におかれ始めたと考えられる。

■日本で1961年国民皆保険の開始

 病気や火災など、人間生活で不幸な事態に対応するために、保険という考え方が開始されたのは、世界的には古代オリエント時代、紀元前4世紀ごろで、地域間の交易、商売が盗難や船の沈没などの損害に対応するために、考え出されたと言われている。

 日本で健康に対する保険制度は、関東大震災の前年、1922年に大企業の中に健康保険制度が設けられたのが嚆矢と言われている。大企業の中の従業員のための組合制度であった。ドイツは保険制度がEUの中でも進んでると言われているが、産業別や職業別の保険制度が基本になっている。

 1945年、第2次世界大戦敗戦後の日本は、国内総生産GDPが、戦前の半分ていどに落ち込んだが、復興を合い言葉に、道路など社会インフラの整備と国民生活の需要を満たすために、「もの」の生産に励んだ。

 11年後の1956年の経済白書は「もはや戦後ではない」として、国際連盟にも加盟を果たし、1954年から1973年まで、年率10%台の高度経済成長が継続できた。

 この時期に、欧州の社会福祉をモデルに、従来の勤労者だけが対象だった健康保険や年金保険を全国民に適用する1961年の国民年金制度と健康保険制度を開始させることができた。また経済規模も世界第2位を維持した時代もあった。

■どうなる今後の医療ビジネス

 国民皆保険制度開始から57年を経過した現在、全日本人を対象にした健康保険制度は、自由市場経済を国是にしながら、実施的には社会主義的に運用されているといえよう。

 厚生労働省が中心となって、健康保険料の基準、医療や製薬に対する標準価格制度、戦時中の言葉でいえば「公定価格」で運用されている。

 医師や薬剤師など専門職の養成、病院や診療所、町のお医者さんの計画配置など、1948年に制定され、その後数次の改定を経て強化されているが、健康保険料の徴収から配分まで、ごく一部の自由診療を除いて統制されている。

 少子高齢化で、ますます医療費がかさみ、家庭での介護が困難になり、2000年から実施されている介護保険制度に、年金財源もあるが消費税増税と併せて、上手な舵取りが求められよう。(写真は、日本の地域病院例。提供:日本経営管理教育協会)