西洋人にとって、近代日本の歴史はミステリアスで興味をそそるようだ。中国メディアの網易新聞は16日、オランダの作家・イアン・ブルマ氏が記した「Inventing Japan」の内容について紹介する記事を掲載し、西洋人の目には近代日本がどう映っているのか考察した。

 そもそも、西洋人が近代日本に注目する場合、どんなことに注目しているのだろうか。記事は、同じことを見ても、日本人自身と西洋人とでは違った受け止め方をするとしている。

 例えば、1964年に開催された東京五輪に関しては、日本人は日本が変わる契機ととらえた。聖火の最終ランナーが、「原爆投下の日に広島に近い場所で生まれた」という理由から19歳の陸上選手・坂井義則氏が選ばれた際も、日本復興の象徴と感じていたものだが、ブルマ氏は、「日本の平和に対する願いを示すと同時に、日本の経験した苦しさを反映しており、その間に自己憐憫を感じた」としている。

 さらに、東京五輪に出場したマラソンの円谷幸吉選手とハードルの依田郁子選手が、国民の期待に応えられず、後に自殺したことに言及。それで「日本とは責任意識の強い国民であり、メダルに固執するのは、勝利することで敗戦の痛みを和らげようとしているためだ」と分析している。
 
 ブルマ氏は、1936年に起きた二・二六事件についても紹介しているが、そのすぐ後で、「阿部定事件」について紹介。記事は、この事件によって日本人の関心事が軍政上の大事件から移ってしまったと分析した。それで記事は、青年たちが命を懸けて愛国の行動に出た世界レベルの大事件が、センセーショナルな事件の前では、一筋の煙に過ぎないということを作者は言いたかったのではないかと論じた。

 記事は最後に、日本の思想文化の「発育不良」や米国への過度な依存などの問題が解決しないままでは、戦後は終わらないと記している。日本人とは異なる視点で日本の近代を説明している興味深い本であるが、どうやら今のところ日本語は出版されていないようだ。(編集担当:村山健二)(イメージ写真提供:123RF)