台湾メディア・ETtodayは9日、台湾で現在使われている地名の多くが、日本からやって来たものだとする記事を掲載した。

 記事は、「台湾はかつて日本に植民統治された。現存する日本式の歴史的建築から日本統治時代の面影をうかがい知ることができるが、このほかにも日本統治中の1920年に台湾全土で行われた大規模な区画調整によって、松山、板橋、関西、高雄といった日本の地名が用いられるようになり、それが今もなお使われているのだ」とした。

 そのうえで、空港名にもなっている台北市の「松山」は愛媛県松山市から、新北市の「板橋」は東京都板橋区から、新竹県にある「関西」鎮は関西地方から、台中市の「清水」は静岡県の清水から、南部を代表する都市「高雄」は京都の高雄山から、屏東県の「竹田」は大分県竹田氏からそれぞれ取られたものであると紹介している。

 さらに、1937年には花蓮の十六股が「豊川」に、織羅が「春日」に、烏鴉立が「鶴岡」に、公埔が「富里」にそれぞれ改名され、やはりいずれも日本から名前が取られたとした。また、三角涌を「三峡」、咸菜硼を「関西」、援巢中を「燕巣」とするなど、元の名称を日本の漢字の読みに合わせて日本風に改名するといった手法も採用されたと伝えた。

 先月、台湾の田中駅と日本の田中駅が姉妹駅協定を結んだ。この「田中」の地名も、かつての日本人が付けたものだった。台湾と日本で同じ地名や駅名があるというのは、歴史的な経緯を考えれば決して偶然でないことが分かる。その経緯を理解しつつ、これからも日本と台湾の同地名、同名駅の交流が深まっていくことを願いたい。(編集担当:今関忠馬)(イメージ写真提供:123RF)