中国メディア・東方網は30日、「ガラス細工? 氷の彫刻? いや、よく見てみるとなんと飴細工だった」とし、日本の若者が復活させた伝統的な飴細工について紹介する記事を掲載した。

 記事は日本の飴細工について、中国の「吹糖」と呼ばれる技術が9世紀に日本へと渡り、日本で発展していったと紹介。その全盛期は江戸時代であり、かつて江戸には飴細工を売る専門の通りがあったとする一方で、技術に関する文献や正規の学校がなかったために、時代が進むにつれて徐々に廃れていったと伝えた。

 そのうえで、28歳の手塚新理さんがこの技術の習得すべく立ち上がり、無数のチャレンジと失敗を繰り返した結果、日本で最も若い飴細工職人となり、SNSなどを通じてその技術が広く知れ渡るようになったと紹介している。

 飴細工の材料は、馬鈴薯や米のデンプンから作った透明な水あめ。記事は「手塚さんは、金型を用いることなく全て手だけで溶かす、引っ張る、切る、着色するといった工程を完成させる。そして、水あめの透明さ、質感、色彩の変化を実現し、さまざまな縁起物の形を作り上げるのだ。特に金魚はキラキラと透き通っているうえ、造形もリアルで非常に喜ばれている」とした。

 廃れ行く、あるいはすでに廃れてしまった技術を復活させるというのは、現在の中国においても国としての課題の1つになっている。そのためには、若者が伝統技術に興味を持ち、その再現や復活に向けた熱意を持つことが必要だ。その点で、20代の手塚さんが江戸の飴細工を復活、発展させたというのは大きな刺激になることだろう。(編集担当:今関忠馬)