日本経営管理教育協会が見る中国 第507回--水野隆張 ■日中間の重要人物の交流

 長い日中間の人的交流には多くの人々が行き来してきた。まず思い起こされるのが鑑真和上である。揚州の高僧であり、六度にわたって渡航を試み、754年についに日本にたどり着いたのである。律宗を伝えただけでなく、中国の薬品や書籍、仏教建築の知識などをもたらした功績が偲ばれる。その後も日中間の重要人物の交流は続くのである。過去には両国の著名人の交流が続いていた。

 日本が遣唐使を派遣した時代には。阿倍仲麻呂という留学生がいた。彼は当時中国の著名な詩人「李白」と交友を結んでおり、帰国に際して・・・・

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