中国メディア・今日頭条は17日、「どうして日本の神社には神様がいないのか」とする記事を掲載した。この疑問の背景には、日本人と中国人との間に存在する「神様」に対する認識の違いがあるようだ。

 記事は、「日本では多くの神社において、神像が見当たらず、正面に鏡が置いてあるだけだ。参拝者たちはこの鏡を拝むのだ。神様がいないところで彼らは何に拝んでいるのか。まさか自分自身を拝んでいるのか」とした。

 そのうえで、中国ではほとんどすべての廟には具体的な人物を象った神様の塑像が祀られているほか、廟の名前も「観音廟」、「関帝廟」、「孔子廟」、「張飛廟」など神として祀られている人物の名前が付いていると説明。一方で、日本の神社では神像がないばかりか、その名称も氷川神社、伊勢神宮、春日大社など地名が用いられていると紹介した。

 そして「日本の神道は自然崇拝がメインで、広範な多神信仰に属する。自然界の動物や植物を神の化身として考えているため、多くの神社において神像が見当たらあいのだ。これはわれわれ中国人の観念にある神様とは全く異なる。中国の神様は一般的に人格化されており、性格やイメージを持っている。関羽のように歴史上の人物さえ神様になるのだ」と論じている。

 記事はまた、日本人の宗教信仰について「大部分の人は節操のない信仰をしている。例えば、年末にキリスト教のクリスマスを賑やかに過ごしたと思えば、大晦日の夜には寺に行って108回の除夜の鐘を聞く。そして午前0時を過ぎると、みんな神社に初詣しに行くのだ」と説明した。(編集担当:今関忠馬)(イメージ写真提供:123RF)