洋服や靴が自分のサイズに合っていないと身に着けづらいように、日常生活を送る家も適切なサイズというものがある。あまりに狭くて窮屈なのはしんどいが、逆に広すぎてもさまざまな不便が生じるし、落ち着かない。中国メディア・今日頭条は、身の丈サイズの家を追い求める日本人の「住宅感」を紹介する記事を掲載した。

 記事は「広くて大きな家に住むことは多くの人の夢かもしれない。しかし日本では今、小さい家屋が人気を集めている。広すぎる客間や浴室は求めず、生活に支障がない広さで、必要な設備が整っていればそれで十分、というのだ」とした。

 そのうえで、日本人が小さな家を求める背景について、東京などの都会では家を買うのに何十年ものローンを組んでやっと支払えるほど多額の費用がかかることのほかに「自分で手を入れていく楽しさが味わえる」、「シンプルな暮らしに安全・安心感を覚える」、「ムダに広い家に住むことで地球の負担を増やしたくない」といった声があることを紹介している。

 また、日本の家はそもそも中国の家屋よりも狭いと説明。その分生活コストを節約でき、掃除も楽で、置いてある物を取るのも容易であるといった長所を挙げた。一方でお客さんを呼べないというデメリットも存在するものの、これも「日本人は普通公共スペースで友だちと会う」ので大きな問題にはならないとの見方を示した。

 記事は「中国で友人の別荘に行ったことがあるが、まるで宮殿のように部屋が広く、大きな階段があった。上下を何度か往復するだけで息があがってしまうのだ。人はどうしてこんなに大きい生活空間を必要とするのか。家は休息の場であり、部屋などは両足が伸ばせる広さがあれば十分なのだ。大きな家はとても風格が有るが、実際に住んでみたらリラックスはできないのだ」とし、大きさや豪勢さを求めがちな中国の家屋に対する疑問を投げかけた。

 記事を見た中国のネットユーザーからは「家は狭いが生活レベルの高さが伺える」、「日本人の全体的な生活レベルは中国人よりはるかに高い」、「狭いながらも心が休まる家、という言葉が非常にしっくりくる」、「中国が日本の生活レベルに追いつくには、まだまだ何代もの努力が必要だと思う」といった感想が寄せられている。家は見栄を張るためのものではない。快適に生活するためのものなのだ。(編集担当:今関忠馬)(イメージ写真提供:123RF)