今年は日中国交正常化45周年にあたり、来年は日中平和友好条約が締結40周年を迎える。同時に、文化大革命後に日本のエンタメ文化が中国に流れ込むようになってから約40年の月日が流れた。中国メディア・今日頭条は21日、日本のドラマや映画が中国大陸市場に進出した歴史を振り返る記事を掲載した。

 最初に挙げた日本ドラマ・映画進出の第1段階は、まさに日中平和友好条約が締結された1978年だ。この年は中国が改革開放路線に舵を切った節目の年でもある。

 記事は「両国関係が好転し、文化交流が活発になるなかで最初に中国で放映された映画は、高倉健と中野良子が主演した『追捕』(君よ憤怒の河を渉れ)だ。杜丘と真由美の愛情ストーリーは、50−60年代を中心とした人たちの記憶から永遠に消し去ることができない。この作品は当時、中国に爆発的な影響を与えたのだ。そして、2014年に死去した高倉健には、日本政府から国民栄誉賞が贈られた」と伝えている。また、山口百恵の作品についても大きな影響を与えたとして紹介した。

 高倉健さんは言わずと知れた日本を代表する名優だったが、中国でも「追捕」によって絶大な人気を誇った。ただ、記事にある国民栄誉賞の件は誤り。高倉さんが死去したさい、国民栄誉賞授与の話題は出たものの、現在まで実際に授与はされていない。

 続いての第2段階は80年代。ここでは、バレーボールを題材にしたスポ根ドラマ「排球小将」(燃えろアタック!)を代表的なドラマとして紹介。ちょうど中国女子バレーが急成長を遂げ、バレーボールブームが起きた時代背景と重なり、国内に大きな影響を与えたと説明している。

 第3段階の90年代を代表する人物として紹介されたのは、酒井法子だ。アイドルとして楽曲や写真集をリリースする一方で、「ひとつ屋根の下」、「星の金貨」といったドラマに出演して中国でも絶大な人気を獲得したことを伝えた。また、台湾ドラマ「我愛美人魚」に出演したことにも言及している。さらに、鈴木保奈美、織田裕二、江口洋介らが出演した「東京ラブストーリー」も強いインパクトを残したドラマとして挙げた。

 記事は90年代までの歴史を振り返ったうえで、その後も浜崎あゆみ、木村拓哉、宇多田ヒカルといった日本のトップスターが中国でも人気を集め、中国大陸に日本フリークの風潮を形成していったのだ、と伝えている。(編集担当:今関忠馬)(イメージ写真提供:123RF)