日本経営管理教育協会が見る中国 第490回--三好康司

 私は、約3年前からスカイツリーで有名な東京都墨田区の中小企業支援を行なっている。墨田区役所1階アトリウムに、美術家・山口晃氏による大ダルマ絵が公開された。墨田区が生んだ偉大なる美術家・葛飾北斎がかつて描いた大ダルマ絵を彷彿させるそうである。本日は、葛飾北斎(以下、“北斎”)について書いて見ようと思う。

1.生涯
 北斎は、1760年(宝暦10年)に、本所割下水付近(現在の墨田区)で生を受けた。18歳の頃、浮世絵師勝川春章(かつかわしゅんしょう)に弟子入り、腕を磨いていく。45歳頃から読本挿絵の制作を積極的に行い、50歳を超えると多くの門人を抱えるとともに、全国に北斎の絵を学ぶ人々がいたそうだ。世界的に有名な「北斎漫画」もこの時期に制作されたようである。

 北斎といえば「富嶽三十六景」が最も有名であるが、この大作は北斎が70歳を超えて制作されている、平均寿命の短かった時代にこの精力的な活動は驚くばかりである。そして、1849年(嘉永2年)、北斎は90歳の生涯を閉じた。「百数十歳まで生き、真の絵描きになる」ことを切望していたそうである。

2.エピソード
 北斎には、さまざまなエピソードがある。
(1)改名30回
   調べてみると、使用した号は「春朗」「群馬亭」「北斎」「宗理」「可候」「辰斎」・・・・・・と30、頻繁に改名を繰り返している。改名の理由は明らかではないが、「弟子に号を譲ることを収入の一手段としていた」とか、「号による地位、名誉にこだわらない性格であった」とか、さまざまな説がある。

(2)転居93回
   また、93回に上る転居の多さも有名である。奇行にも見えるが、料理は買ってきたり貰ったりして自分で作らなかったそうである。居酒屋の横に住んでいた時は3食とも店から出前させていたと言われている。

3.イギリスで大人気
 2017今年5月25日から8月13日にかけて、イギリス(英)・ロンドンの大英博物館で開催された特別展「北斎〜大波のかなたへ」、異例な程の盛況のうちに幕を閉じたとのことだ。「富嶽三十六景」からの二大作品「神奈川沖浪裏」と「凱風快晴」も展示され、英ディリー・メール紙と英オブザーバー紙は、それぞれ「率直に楽しい」「壮大だ!」と評し5つ星を与えている。7月上旬の時点で、最終日(8月13日)までの前売り券が完売するほどの人気であった。

 墨田区は、中小企業が支える町である。同区には縁も所縁もなかった私ではあるが、3年間仕事で関わり大好きな町となった。「その町で生まれた偉大なる美術家・葛飾北斎が世界で大きな評価を受けていることは非常に嬉しい」と改めて思った一日であった。(北斎が好んだ富士山。写真提供:日本経営管理教育協会)