(61)わたくしは簡体字を愛用しているが

 わたくしは中国語で文章を書く場合、などと言っても自信もないし、加えて生来の怠け者ときているので、そうたびたび書くわけではありませんが、どうしても書かなければならない場合は、通常は簡体字を用います。

 台湾の友人に手紙を出す場合は、一応繁体字を用いますが、調べるのが面倒くさくて、時に横着をして日本の常用漢字を使ったり、うっかり簡体字が混じってしまったりもします。検定試験なら減点されてしまいますね(笑)。

 すべてを肯定しているわけではありませんが、まあ一応は簡体字愛用者と言ってよいでしょう。

(62)友人は「頑固な」簡体字拒絶者

 わたくしはもともと漢文を勉強して、漢文から中国語に入ったのですが、同じように漢文を勉強した友人は少しも中国語に興味を示すことなく、というよりも、中国語を受け入れることを固く拒絶して、わたくしが中国語の世界にのめりこんだと笑います。その実、とうてい「のめりこんだ」と言えるほど、わたくしは勉強してきたわけではありませんが・・・。

 その彼、特に簡体字に対して違和感を抱いているらしく、先日も、わたくしが先に書いた「鐘」も「鍾」も簡体字では“钟”であるという文章を読んで、もともと意味の異なる二つの字を一つに統合してしまうなんてどうかしていると、いきりたちます。もっとも、この二字の統合については、わたくしもいささか懐疑的であることは、すでに記したとおりです。

(63)「隻」→“只”とんでもないと彼

 「隻」の字を簡体字で“只”とするのは絶対に納得できない、と彼は言います。

 わたくしの編んだテキストに“一只船”とあるのをのぞいて、それぐらいは知っているに違いないのに、わざと、どういう意味かと聞きます。「一隻(せき)の船」だと答えると、「只(ただ)の船」かと思ったと、とぼけています。

 「隻」という字はご存じのように「隹」(ふるとり、尾の短いとり)と「又」(=手)からなっていて、セキと読んで「一羽の鳥」を示し、早くから助数詞として使われています。

 鳥から転じて動物一般(牛や馬のように個別の助数詞を有するものを除く)、鳥が水に浮くところからの連想でしょうか、小型の船、さらには器物全般と、広く使われてきました。

(64)彼の主張にも一理

 「隻」または「一羽」、「一つ」の意味から転じて、助数詞としてのほか、「単独のもの」、「一対のものの一方」の意味でもよく使われます。「隻手(せきしゅ)」、「隻眼(せきがん)」、「隻句(せきく)」・・・。

 この「隻」の字、もともとは入声(にっしょう)という声調に属し、短く詰まって発音されていましたが、のちに入声の語尾が消滅してzhīと発音されるようになり、「隻」とは無関係に元から存在した「只」(シ)で代用されるようになりました。

 「ただ」と限定の意味を表す「只」の中国語の発音は第三声のzhǐですから、現代中国語の“只”の発音はzhī(セキ)と zhǐ(シ)の二つを持つようになったわけです。

 本来意味も発音も異なる「隻」と「只」を一つの“只”で表すのは変だと、彼は言い張るのです。