近年様々な取り組みが見られる日本の「食育」。究極の食育といえば、食べるためにブタを飼育する、という実話をもとにした日本映画「ブタがいた教室」が思い出されるが、公開当時は日本中に大きな衝撃を与えた。このアイディアを教育に採用することついては賛否が分かれるところだが、中国メディアの今日頭条は5日、「子どもに自分の飼育したペットを食べるように求める、変態的な教育」と、厳しく批判する記事を掲載した。

 記事は、日本のある学校で行われている食育授業は非常に「残忍」で、その方法が疑問視されていると紹介。小ブタのうちから子どもに世話をさせて、大きくなったら「と殺」のため業者に引き渡すと伝えた。写真も掲載しているが、ブタを可愛がって育てている子どもたちの満面の笑顔と、引き渡しで号泣している様子には大きなギャップを感じさせる。

 食育を目的にしているため、最後には食用肉にされたブタの一部は子どもたちが自ら食べることになる。記事は、ペット化された生き物を食用にするだけでも十分ひどいのに、「給食にして子どもに無理に食べさせるのは度を越えている」と強く批判、子どもたちに与える精神的なダメージを危惧した。

 記事がここまで強く批判するのは、中国には食育の授業がない、より正確に言えば必要ないからかもしれない。中国では、朝市である菜市場に、早朝に解体されたばかりのブタが配送され、木の板の上に頭からしっぽまでの各部位が生々しく乗せられ販売されている。日本のようにスーパーでパック売りの精肉が販売されるようになったのは比較的最近のことだ。

 また、農村部では、各家庭で鶏やアヒル、豚などを飼い、飼い主自らがと殺するのはごく普通のことであり、学校で学ばなくても子どもたちは自然と命を身近に感じ、いわゆる食育が実践されているのかもしれない。

 しかし、日本の食育と違う点があるとすれば、いつかは食卓に上る生き物に対して、中国では名前を付けて感情移入するなど、ペットのような可愛がり方をしないことだ。そういう意味では、日本の学校が食育の一環として、子どもたちに名前を付けてペット化して可愛がらせたブタを給食に出したとなれば、中国人の感覚からすれば、それは食育ではなく、ただの残酷かつ「変態」的な教育に映るのだろう。改めて食育の難しさを感じさせられる。(編集担当:村山健二)(イメージ写真提供:123RF)