(25)“一些分歧现象”
 
 目前社会上使用简字,还存在一些分歧现象。有些人任意自造简字,除了他自己认识以外,几乎没有别人认识,这种现象自然不好,应该加以适当的控制。
 
(現在のところ、社会で簡体字の使用について、まだ若干の混乱した現象が見られる。一部の人は自分勝手に簡体字を作り、自分ではわかるが、他人にはほとんどわからないといったことがあるが、このような現象はもちろん好ましくなく、適切な制限が加えられるべきである。)
 
 わが国においても、今はすっかり影をひそめたが、かつて学生運動華やかなりし頃、JR、まだ国鉄だったかな?お茶の水駅を降りて明治大学の前の通りを歩いていると、にぎやかな立て看板が林立していて、さまざまな「自前の略字」が見られたのを思い出す。言ベンに片カナのコを書いて「講」と読ませていたなど、なかなかよく出来ていたなと、今も覚えている。
 
(26)“应该遵守统一的规范”
 
 一个人记笔记,或者写私信,他写的是什么样的字,谁也不法管。但是写布告或者通知,是叫大家看的,就应该遵守统一的规范。特别在印刷物和打字的文件上,必须防止滥用简字。希望新闻出版方面和文书工作方面加以注意。
 
(個人がノートをとったり、手紙を書いたりする時には、どんな字を書いても、誰もとやかく言うことはできない。しかし布告とか通知とかを書く場合には、みんなに読んでもらうものであるから、統一された規範に従わなければならない。特に印刷物やタイプの文書には、みだりに勝手な簡体字を使ってはならない。新聞や出版の方面、文書の仕事をする方面では注意されるよう希望する。)
 
(27)“这种新造简字的现象,是历来就存在的”
 
 簡体字の使用について若干の混乱した現象が見られることに対し、よく文字改革委員会を責める人があることについて、周報告は、委員会が簡体字の宣伝の仕事が不十分であるとか、混乱した現象に対する規制のしかたがよくないとか批判するのはおおいに結構であるとしたうえで、こう述べる。
 
 但是在另一方面,我们也应该承认,这种新造简字的现象,是历来就存在的,现在大家公认了的简字,最初也是少数人新造的,今后这个过程也无法停止,而且还会发展。
 
(しかし一方、このような新たに簡体字をつくるという現象は、これまでにもあったことで、現在みんなが認めている簡体字にしても、元は少数の人が新たにつくったものであり、今後もこのような過程は停めようがなく、いっそう広がっていくであろうことを認めなければならない。)
 
(28)“古已有之”“于今为烈”
 
 我们从汉字的历史上来看,一字多体是甲骨文起一直存在的。
 
(漢字の歴史から見てみると、一つの字にいくつもの形があるということは、甲骨文字の時代から今日に至るまでずっとあったことである。)
 
 甲骨文字は殷代に占いに用いられた亀の甲や牛の骨などに刻まれた文字。
 
 要说是混乱,那么这种混乱是“古已有之”,顶多不过“于今为烈”罢了。
 
(これを混乱と言うのであれば、このような混乱は「古(いにしえ)より之(これ)あり」、昔から存在したもので、せいぜい「今において烈(はげ)しとなす」、今日その傾向が著しい、というに過ぎない。)(イメージ写真提供:123RF)