(17)“决不至‘变成文盲’”
 
 ではインテリたちの、こんどはこちらが“快变成文盲了”(今に文盲になってしまう)というような考えは、なぜ“多余的”(取り越し苦労)なのか。
 
 简字中有很多字是人们早就熟悉的。这怎末会“变成文盲”?(簡体字のなかの多くの字は私たちがとっくに知っている字である。だとすれば、「文盲になる」はずはないではないか。)当然,有些字比较生疏,但是也只要稍微动动脑筋,问题也就解决了,决不至“变成文盲”。(もちろん、少しは見なれない字もあるが、これらとてちょっと頭を働かせれば、すぐに解決するのであって、「文盲になる」ことなどありえない。)
 
(18)李燭老――「老」は最高の敬語
 
 多くの働く人々や何千何万の児童のために、インテリは頭を働かせるべきなのである。
 
 因此,李烛老不仅赞成把燭字简化成“烛”,而且赞成把塵字简化为“尘”。(というわけで李氏は、自分の名前の「燭」の字を“烛”とすることにも賛成だし、「塵」の字を“尘”とすることにも賛成なのだ。)
 
 私は、と周氏は言う、“问题确实是这样”、問題は確かにそのとおりである。
 
 李燭塵という人がどういう人物なのか、わたくしは知らない。調べようがないわけではないだろうが、例によって横着を決め込んでいる。ただ、上の引用文中で、周氏が李燭塵の「塵」の字を「老」に置き換えて李燭老と呼んでいるところを見ると、当時、すでに長老的な存在の学者か文化人であったろうと察せられる。
 
(19)“应该从六亿人口出发”
 
 汉字简化既然符合广大人民的利益,我们知识分子就应该积极支持这个工作,而不是消极对待。我们应该从六亿人口出发来考虑文字改革的问题,而不是从个人的习惯和一时的方便来看这个问题。(漢字の簡略化が多くの人々の利益にかなう以上は、われわれインテリはこの仕事を積極的に支持すべきであって、消極的に対応してはならない。われわれは6億の人々の立場から文字改革の問題を考えるべきであって、個人の習慣とか一時の方便からこの問題を考えてはならない。)
 
 文中「6億の人口」とあるのは、1950年代の中国の総人口は6億とされていたのによる。その後、人口は急激に増加し、「一人っ子」政策がとられたことは記憶に新しい。
 
(20)右派分子の抵抗は下心があってのこと
 
 1957年に始まる中国共産党の整風運動の初期、一部の右派分子は文字改革に対して、漢字の簡略化はやり損なったとか、大衆はみな反対しているとか、国務院はすでに出した命令を取り消し、「漢字簡略化方案」を撤回すべきであるとか、あくどい攻撃を加えた。
 
 右派分子が文字改革を攻撃したのは、言うまでもなく“别有用心”、他に下心があってのことである。彼らはこれに事寄せて党と政府を攻撃しようとしたのであるが、それはそれとして、彼らが文字改革そのものに反対であったことも確かな事実である、と報告書は言う。
 
 漢字の簡略化が多くの人々の利益にかなう好い事である以上、反人民の立場にある右派分子がこれに反対するのは極めて当然のことである、と言うのである。(イメージ写真提供:123RF)